熊本県菊池市無農薬農業に新規就農
イノウエ では、次に熊本県菊池市の農家、実取さん、お願いします。
実取 熊本県菊池市から来ました実取義洋といいます。私は、菊池市龍門という、日本最大級のダムがある山奥で生まれ育ちました。私の家では養豚をしておりました。菊池市は西日本でも最大の酪農地帯であり、養豚、養鶏など畜産地帯です。阿蘇外輪山の伏流水に育まれ、米や野菜、果物も豊かな地域です。
今の日本が抱える深刻な問題として、食料自給率の低下(40%前後)、農業者の高齢化(平均66.8歳)。世界的な食をめぐる構造変化(人口大国の経済発展、温暖化、農水産物の競争激化)があります。国内では肉を食べる量が各段に増えていまが、餌となるトウモロコシ、大豆、小麦ほぼ輸入に頼っています。もっと私の身近なことでは、山間地の耕作放棄地の増加です。原因としては高齢化、そして山間地の農地は、狭く不効率で獣害も出て経済的ではないという理由で年々本当に増えています。
高齢化で農業者が減ってくる。そして日本の田畑は荒れてくる。国産の農産物も少なくなってきている現状で、このままでは日本の農業が壊滅するという危機感から、国も新規就農者を育てようという事業が生まれました。私も本当その事業で就農を支援していただきました。全国でも新規就農者が増えているようです。
日本に農業者、農家って本当に必要なのか? という意見をいただくことがあります。「食べ物は輸入すればいい、狭い島国でわざわざ食べ物を生産せずにもっと付加価値のある日本独自の工業化を進めたらいい」と学者さんに面と向かって言われたこともありました。
確かに正論だとも思いますが、農業の本当の価値は農作物の生産の背景にあると思うんです。それを一言に表せば、人類の共有財産を育てている。たとえば空気、光合成です。林業家もそうだし、海で海藻を育てる方も同じです。田畑で育つ無数の生き物。そして水です。私たちはお米を育てるだけではなくて、下流や、未来の子供たちに対する地下水をしっかり育てています。
都会の方では川の急激な増水で被害がでる話を聞きますが、山間地の小さな、小さな田んぼは、いくつも連なることによって、どっと降った雨をちょっとずつちょっとずつ下流に流す天然の防災ダムとしての効果もあります。
熊本県は日本でも、世界でも有数の地下水だけで生活用水の全てをまかなう本当に稀な地域です。阿蘇のカルデラ、そして菊池は菊池渓谷というものがありますが、先人たちが水を育むために森づくりをした歴史もあるんです。
森や棚田、それを繋ぐ水路は先人達が永い年月をかけて子や孫を想い汗を流した結晶だと感じています。
自然相手の農業は大変なことも本当に多いので、私たちが守り育てているものは、こういった色んな多面的な機能があり、人が生きていくために必要な共有の財産です。これを育ててるんだっていう気持ちを持たないと、心が折れそうになることもあります。
それでは、私が農業をしている現場についてです。山間地の田んぼは、水がとても綺麗で景観も美しいです。田んぼの周りの草を切る面積の方が田んぼより広かったり、急斜面の場所もあり辛かったりもします。そして猪も多く被害も出ます。最近やっと猪対策で負けにくくなりました。
私は米、麦、大豆を生産しており、普通作といいます。以前、農協の指導員に普通作といのは誰でも作れる。技術がなくても作れるものなんだよって教わりました。どんな方法かといえば、慣行栽培といって、化学肥料・農薬を使ってるものです。その他にも、環境に配慮し農薬や化学肥料の使用量を減らしたり不使用にした環境保全型農業があります。
私の場合、全量、無施肥、無農薬、いわゆる自然栽培といわれます。肥料も農薬も不使用で米麦大豆は育てています。なので病害虫、雑草対策は大変です。
お米に関しては肥料分が少ないので、それを好む害虫が少ないことと、捕食する虫も多いので困ることはほとんどありません。田植え・種まきまでが大切で作物が自力で育つ環境を整えることが大切です。もちろん失敗します。なので、その度、その度に仮説を立てて観察したり、菊池に沢山いる自然栽培の先輩からアドバイスいただきながらやっています。
売り先に関しては、普通はJAや市場なんですが、収穫量が少なかったり規格にも合わないことがありますので、なかなかですね難しいところもあります。
ただ、農水省の調査では、多くの方がオーガニック農産物を欲しているようです。こうしたことで、無肥料・無農薬栽培の取引先も増えてきておりまして、地元の「自然派きくち村」や、国産のオーガニック米を扱うお店で販売していただいております。
そして嬉しいことに、銀座のお寿司屋さんで、ミシュランの星を取ったようなお店に味で、評価いただき、お取引を始めていただけるようになりました。
私は、古い品種のお米を特に好んで育てています。もう今では、ほぼ誰も作らないような品種です。廃れた理由は、病害虫に弱く新しい品種と比べると本当に手間がかかり経済性で考えると割に合わないんです。私は育てた時に野性味が強く稲の本能に素直な姿や、現在の品種より草丈が長く、藁細工文化の歴史を肌で感じた事で虜になりました。古い品種の稲を育てることで、先人達が眺めた同じ風景を次世代へ繋げていきたいと思っています。