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2019年4月11日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

なぜ、クーデターが成功するのか?

 「国王を元首とする民主制度」を理解するカギとして、先ずは王国であるタイの歴代憲法の基本構造が我が明治憲法に近いこと――代表例「国軍の統帥権は国王に属す」――を指摘しておく。

 それを踏まえたうえで日本における出来事を例に、2つの「もし」を想定してみたい。

 ひとつめの「もし」は、昭和11(1936)年2月に発生した2・26事件において、「昭和維新」を掲げて決起した青年将校の行動を、昭和天皇が「是」としていたら、である。

 2・26事件に際し昭和天皇は「朕が股肱の臣を傷つける行為は断固として許されない」と立腹し、自ら軍を率いて反乱軍の討伐に乗り出すとの決意を明らかにしたと伝えられる。昭和天皇の意志が明らかになった時点で青年将校らが掲げた「錦旗革命」は否定され、彼らは「反乱軍」と見做されてしまった。かくして「昭和維新」は潰えたのである。

 日本のメディアがクーデターと報ずるタイの政変――タイ語では「パティワット(革命)」と呼ぶ――は、国政の混乱、あるいは国軍内の主導権争いが原因となって国軍が軍事出動することで発生してきた。その際、クーデター陣営が掲げる大義名分の基調は「『国王を元首とする民主制度』の守護」である。

iStock Editorial / Getty Images Plus / tassapon

 決起した時点ではあくまでも非合法団体であるクーデター陣営だが、国王が允許した段階で合法団体に変質し国政の全権を掌握することとなる。ここに、2・26事件とタイにおいて成功したクーデターを分けるポイントが潜んでいるように思える。

 最も新しい2014年のクーデターを例にすれば、プラユット陸軍司令官をトップとしてインラック政権打倒を掲げたクーデター陣営(国家平和維持団)は、国王の裁可を得て国政の全権を掌握する国家平和維持評議会(NPKC/プラユット陸軍司令官が議長)へと合法性が与えられ、その下に同議長が首相を兼務する暫定政権を成立させ国政を執行することになった。

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