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2019年4月11日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

カギを握るのは「陸軍司令官」

 暫定政権発足に前後して立法議会(時に制憲議会)が招集され、クーデターによって停止された憲法に代わる新しい憲法の制定を進める一方で、暫定期間における国会の機能を果たす。この間は、「国王を元首とする民主制度」に基づく暫定憲法が施行される。立法議会の議員はクーデター陣営――現在はNPKC――によって指名されることにも留意しておく必要がある。

 さらに理解を促すために、次の3点を指摘しておく必要があろうか。

 第1が既存利益集団ともいえる「A(王室)・B(官僚)・C(資本家)・M(国軍)複合体」である。あるタイの政治学者が提起した分析だが、じつは立法議会議員は例外なくABCM複合体から選ばれ、基本的には民政移管後の上院に横滑りする。

 第2が首相・国防大臣・陸軍司令官の関係である。当然のように人事権は首相⇒国防大臣⇒陸軍司令官のルートで上から下に行使されるが、陸軍司令官はクーデターを発動することで首相に対する生殺与奪の権を握る。いわば陸軍司令官はクーデター発動という“非常事大権”を保持しているゆえに首相以上の権限を持つことから、首相が国防大臣と陸軍司令官を兼任した時に政権は最も安定する。現在のプラユット暫定首相の場合、最も信頼するプラウイット大将が国防大臣を務めている。

 第3が国軍組織上の権限である。制度上は陸軍・海軍・空軍の上部に統合機関として国軍最高司令部が置かれているが、同司令官は実働部隊を持たないゆえに一種の儀礼職に近い。かくて最強の実力組織を掌握する陸軍司令官が事実上国軍のトップに位置し、政権の後ろ盾となる。だがクーデター指導者となり得るがゆえに、常に「クーデター発動の意思」を問われる。昨年10月に就任したアピラット陸軍司令官もまた新任会見で記者から問われたが、明言を避けた。将来を想定すればこそ自らの手足を縛る必要はない、ということだ。

 こうした権力の仕組みの中で、<クーデター決起(憲法・国会停止)⇒ 暫定政権(新憲法制定)⇒ 総選挙 ⇒ 民政移管 ⇒ 国政混乱 ⇒ クーデター>という政治過程が繰り返されてきた。

 以上が「国王を元首とする民主制度」の骨格といえる。総選挙を経た後も、新政権が成立するまで国政の全権を掌握しているのはクーデターを成功させた集団――現在でいうならばNPKCであることを忘れてはならない。

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