ここ知立は「伊勢物語」のモデルといわれる在原業平(ありわらのなりひら)さんが詠んだ歌でも知られています。お江戸でも人気の稀代のプレーボーイが東国に赴任するときに、この野で見た花の名前「かきつばた」の5文字を句頭に入れて詠んだ、珍しく(?)殊勝な歌(※1)です。
※1 からころも きつゝなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ(着慣れ馴染んだきもののように、長年連れ添った妻を残してはるばる旅してきたが、この旅を今さらながら侘しく想うものよ)
当時の浮世絵版画は1枚ずつ売られ、そのシリーズが完成して、評判が良いと、最後に目録を摺り足して、合冊本にして売られました。広重さんのこの保栄堂(ほえいどう)版55枚(※2)シリーズはとても人気があり、版を重ね、新しい版木を起こす後刷りも出るくらいの大評判を博しました。その後刷りでは「くじら山」が消えているのは、何か意図があったのでしょうか(⑥)。またこの作品が摺られたのは午(うま)年の頃、広重さんは気分よく「池鯉鮒」でお馬さんをなんと25頭も活き活きと描いています。
※2 品川宿から大津宿までの53宿に、日本橋と京都(三条大橋)を加えて55枚シリーズとした
そして、完成した東海道五十三次のシリーズには、江戸っ子たちもなかなか気がつかない「広重さんの洒落心」がありました。上がり京都の最後の1枚「京師(けいし) 三条大橋」の橋の真ん中に、馬子にひかれた立派な「荷馬」を1頭描いて、55枚シリーズに全部で55頭の馬の姿を描ききりました。天眼鏡がわりにデジタル技術で数えてみたら、馬の姿は55枚に合わせてか55頭。なんという遊び心、洒落心。
ご本人広重さんもまさか令和の御世で見つかるとは思ってもみなかったでしょうね。
【牧野健太郎】ボストン美術館と共同制作した浮世絵デジタル化プロジェクト(特別協賛/第一興商)の日本側責任者。公益社団法人日本ユネスコ協会連盟評議委員・NHKプロモーション プロデューサー、東横イン 文化担当役員。各所でお江戸にタイムスリップするような講演が好評。
【近藤俊子】編集者。元婦人画報社にて男性ファッション誌『メンズクラブ』、女性誌『婦人画報』の編集に携わる。現在は、雑誌、単行本、PRリリースなどにおいて、主にライフスタイル、カルチャーの分野に関わる。
米国の大富豪スポルディング兄弟は、1921年にボストン美術館に約6,500点の浮世絵コレクションを寄贈した。「脆弱で繊細な色彩」を守るため、「一般公開をしない」という条件の下、約1世紀もの間、展示はもちろん、ほとんど人目に触れることも、美術館外に出ることもなく保存。色調の鮮やかさが今も保たれ、「浮世絵の正倉院」ともいわれている。
NHKプロモーション=協力
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