美しい髪形、なんとも品のあるお召し物、真っ白な腕に、どきっとする紅の唇……。弥勒菩薩(みろくぼさつ)さんのように頬杖ついた女性は、いったい何に思いを馳せているのでしょうか。
お江戸のスーパー職人技
美人を描いたらお江戸一、いや、三国一の名人といわれる浮世絵師・喜多川歌麿さん(⑧)の世界に名だたる美人画です。美しいのは「恋」をしている時とばかりに、顔をアップにして、状況を違えて描いたのが「歌撰戀之部(かせんこいのぶ)」のシリーズ、その代表作「物思戀(ものおもうこい)」(※1)は寛政5~6年(1793~94)の作品(①)。
わたくし牧野は、このお方に一目惚れしてしまいました。1世紀近く眠っておられたボストン美術館の収蔵庫で彼女に会った瞬間に、ビビッと。何ともいえぬ気品があり、凛として、愛らしくて……そしてタイトルには「物思戀」。恋を思う、そう、Fall in Loveです。
「なんと可愛い」と声に出したら、隣においでの高名にて博識なる師匠がひと言、「牧野さんは困った女性がお好きなのですね」と。曰く「彼女には眉が描かれていない(②)、ということは『人妻』。夫には恋はしない、すなわち『不倫なり』」と。「ムムッ!!」
※1 ほかに「深く忍戀(しのぶこい)」「夜毎に逢戀(あうこい)」「あらはるる戀」「稀ニ逢戀」がある。いずれも女性の恋心を描いた名品