2024年3月2日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2019年4月26日

発表されなかった研究や実現しなかった構想を
手稿から丁寧にすくい上げる

『レオナルド・ダ・ヴィンチ 上』
(ウォルター アイザックソン 著、土方奈美 翻訳、文藝春秋)

 本書は上下2巻におよぶ大作であるが、その構成の巧みさと、豊富な色絵のおかげで、読み始めたら止まらない。ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』を読んだときのようだ。もちろん、あちらはフィクションなので、サスペンスは当然だが。

 本書がむしろ『ダ・ヴィンチ・コード』以上に興奮するのは、レオナルドの生きた500年前のイタリアやフランスが眼前に生き生きと展開するのと同時に、現代の、新たに見出された絵画作品をめぐる真贋のストーリーや科学的発見が重層的に織り込まれることだ。

 『美しき姫君』と呼ばれる作品の鑑定をめぐる話は、「この天才と向き合う醍醐味の一つ」である紆余曲折の作業を紹介する。

 <シルバーマンが発掘した肖像画をめぐっては、探偵のような推理、先端テクノロジー、歴史探究、鑑定家の判断といった要素が入り混じる壮大なドラマが展開された。芸術と科学を織り交ぜた学際的探究は、レオナルドにふさわしい。彼なら人文学を愛する人々とテクノロジーを愛する人々の共同作業を心から応援したことだろう。>

 また、レオナルドが自ら人体や動物を解剖するなど、実験や観察を通して人体や自然、天体の法則を見出そうとしていたことはよく知られているが、いずれも研究成果として発表されることはなかった。

 本書では、発表されなかった研究や実現しなかった構想を手稿から丁寧にすくい上げ、レオナルドの死後、500年の間にわかってきた事実を紹介する。

 たとえば、2014年、オックスフォード大学の研究チームは、生きている人間の血液の複雑な流れを磁気共鳴映像法によってリアルタイムに観察し、「レオナルドが正しかったことを明確に証明した」。

 「われわれは生きている人間を使い、心臓収縮期に発生する渦に関するレオナルドの予測が正しかったこと、また大動脈基部におけるこうした渦の描写が驚くほど正確であったことを確認した」という。

 「解剖学者がレオナルドの主張が正しかったと気づくまでに、四五〇年もかかった」とアイザックソンが嘆息するように、レオナルドは解剖学、光学、幾何学、流体力学などにのめりこんだが、その探究の多くは、当時は日の目を見なかった。

 <この空想を現実に落とし込む能力の欠如は、レオナルドの大きな弱点と見なされてきた。しかし、真のビジョナリー(先見性のある人物)には、無理を承知で挑戦し、ときに失敗することもいとわない姿勢が欠かせない。イノベーションは現実歪曲フィールドから生まれる。レオナルドが思い描いたものの多くは、ときに数世紀の時間を要することもあったが、結局実現した。潜水用具、飛行装置、ヘリコプターは今、存在する。湿地の水はけには吸い上げポンプが使われている。レオナルドが運河を引こうとしたルートには、高速道路が走っている。空想はときとして新たな現実の糸口となる。>


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