2024年7月16日(火)

世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2019年6月11日

 編集方法は、日本の右派と左派の意見を同等に(平等に)織り交ぜているかと思えば、エピソードが進むにつれ、まるで右派の主張が非論理的であるかのような印象を視聴者に自然に与える構成になっている。音響やナレーションもスタイリッシュに制作されており、インタビュー映像のつなぎ方、編集方法も、モンタージュ的手法を用いているとも見られる。

 報道によれば、韓国では、「日本人が『主戦場』に関心を持って観に行っていることに関心が高まっている」ようだ。同作品の監督は個人であり日系米国人であるため、韓国政府が直接関与するパブリック・ディプロマシー(PD)とはいえない。しかし、今後もし、この映画が韓国PDの切り札として使用されるようなことがあれば、慰安婦像の設置活動にさらなる影響を及ぼすことも想定される。

ルールその2:主戦場は米国

 韓国のイメージ戦略の2つ目のルールは、米国で戦う、つまり、米国を主戦場とするということだ。

 パブリック・ディプロマシー、つまり政府が相手国の世論に直接働きかけ味方につけるという外交手法があるが、世界では、PDの主戦場は米国であるという一種の共通の認識があり、これについては筆者のこれまでの連載を通じて指摘してきたところである。

 とりわけ、日本にとってPDをめぐる各国の競争において米国が主戦場というのは、米国世論を味方につけるため、例えば中国や韓国が活発に働きかけを行っており、それが主に領土や歴史認識をめぐる問題で日本の立場が不利となるように「反日活動」を展開している、という点において大問題である。同盟国米国における日本のイメージや立場の低下、及び日米関係悪化の恐れがあるからだ。

 他方、前述のドキュメンタリー映画『主戦場』の「主戦場」という言葉の持つ意味については、映画のサブタイトル通り、「慰安婦問題の主戦場が米国」という意味である。その名の通り、韓国にとって、慰安婦問題に関して自国の味方につけるべき相手は米国世論なのだ。

 詳しく見て行こう。韓国系米国人は、これまで米国において活発に慰安婦問題をめぐる反日活動を行ってきた。代表的な団体は、「ワシントン慰安婦問題連合」だ。1992年に結成されて以降、徐々に現地で勢力を伸ばし、米国議員等の力添えを得るなどし、米議会や教育機関へのアプローチを着実に広げてきた。

 そして、日米両国にとって最も衝撃となったのが、日本軍慰安婦で日本に謝罪を要求した、米国連邦議会下院での「下院決議121号」、通称「対日非難決議」であった。2007年7月に採択された同決議は、「軍の関与」を認め、「20万人もの女性」を「性奴隷」として「強制連行」したことを断じる内容だ。これもまた、韓国は米国で採択する必要があったのだ。

 そして、かつて水面下で進んでいた慰安婦の記念物を建てようとする動きが、2010年頃に表面に出るようになり、ニュージャージー州のパリセイズパーク市に第一号となる慰安婦碑が建った。これを皮切りに、各地の韓国系米国人が居住する地域で次々に碑が建てられ、ついには慰安婦像も、カリフォルニア州グレンデール等で建てられていったのであった。

 また、韓国は、ワシントンのシンクタンクにおいても日本非難を浸透させている。2014年、ヘリテージ財団や戦略国際問題研究所(CSIS)等のシンポジウムにおいて、韓国政府関係者らが、慰安婦問題をめぐり日本側の強制連行撤回や河野談話見直しをめぐる動向が、日韓関係の悪化の原因であるなどとし、日本を批判した。米国議会に直接的な影響を与えるワシントンのシンクタンクにおける韓国の対日批判は、韓国のイメージ戦略にとって大変重要な意味を持つ。

 さらに、映画『主戦場』の上映ルートについても、米国が関係してくる可能性がないわけではない。先日、ニューヨーク・マンハッタンで上映された韓国の慰安婦映画『沈黙』は、韓国で公開されたのち、米国で上映され、米国の報道等でも慰安婦問題等をめぐる韓国側の主張が取り上げられるなど、現地の対日イメージを悪化させる要因の一つとなった。

 韓国にとって、「米国で」反日活動を展開することは、重大な意味を持つ。『主戦場』も、今後米国で上映されることがあれば、現地の韓国系米国人団体やポリシーメーカー等にも注目されることは必至であろう。

 本年5月30日付けの国内報道によれば、『主戦場』の中で登場したインタビューを受けた映画の中で「保守派」とされた学者らが、同日中に都内で記者会見を開き、「大学院生の学術研究に協力したつもりが、保守をたたくプロパガンダ映画になっている。だまされた」などと抗議したという。


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