2024年12月5日(木)

Washington Files

2019年6月10日

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 大都市の電気、ガス、水道、交通、インターネットなどのインフラが一瞬にして破壊される新たな軍事的脅威にいかに備えるか―日米両国はこのほど、防衛相会談で、そのための情報交換や抑止力向上などの面で共同対処していく方針を確認した。

 「新たな脅威」とは従来の核ミサイルなどとは異なり、EMP(電磁パルス)による攻撃を意味し、「EMP兵器」として知られる。

(Woters/gettyimages)

 EMPはもともと、強力なパルス状の電磁波であり、雷、大規模な太陽フレアといった自然界の現象としても生じるが、高高度の大気圏外核実験でも人工的に大量発生させることができる。これを軍事転用したのが「EMP兵器」だ。
 
 岩屋防衛相は去る4日、来日したシャナハン米国防長官代行と会談、この中で「新領域」での自衛隊、米軍による共同演習などを中心とした「相互運用能力」を強化していくことで合意したことを明らかにした。

 通常の陸、海、空防衛面での共同対処とは異なる「新領域」の具体例として、宇宙、サイバー、電磁パルスが挙げられているが、最近とくに重視され始めたのが、EMP攻撃への備えだ。

 この問題ではすでに去る3月26日、トランプ大統領が初めて発令した「EMPに対する国家的復元力の統合について(Coordinating National Resilience to Electromagnetic Pulses)」と題する大統領命令の中で、同盟諸国との連携も含めた対処方針が具体的に示された。今回のシャナハン氏来日のひとつの目的も、この大統領命令を受けて日本側に説明し、同盟国間の協力関係を強化するためだったとみられる。

 大統領命令はまずEMPについて、ときおり地球の磁場の微妙な変動で生じる自然界の現象のほかに、地上の約40キロ上空で人工的に核爆弾を破裂させた時に大量に発生するEMPがあり、この場合「広大なエリアで安全保障、国家経済、公衆衛生面など政府、民間レベルでの深刻な混乱、機能不全を引き起こすことになる」と説明、国内的には全省庁と民間が一体となって情報収集、予知、予防、被害軽減、避難などの対策に取り組むよう指示した。

 同時に国外面では、国務長官に対しては(1)EMPに対する復元力向上に向けて同盟諸国との外交努力を調整する(2)各国間で抑止努力、核拡散防止に向けて共同歩調をとるよう働きかける―などを指摘する一方、国防長官に対しては、(1)同盟諸国の防衛当局と協力し、米国の宇宙システムに対する影響も含め、EMP攻撃の内容、発生元、早期警告面での対策を講じる(2)米軍システム、インフラへの実際被害および影響を正確に理解するため、EMPに関する研究開発および実験に取り組む(3)防衛シナリオの一環としてEMPを含む反撃体制の構築(4)敵国によるEMP攻撃に備えた国土防衛体制の確立―など、より具体的な指示を織り込んでいる。

 米国がEMPの脅威に着目し始めたのは、最近のことではない。

 今から57年前、ハワイ・オアフ島の住民たちはかつて想像したこともない異常な“ある出来事”を経験することになった。それは以下のようなものだった:

 1962年7月8日夜、ホノルル住民は西の空に、突如として大きな火の玉のような異様なせん光が走るのを見た。まもなく、島内約300カ所の交通信号が停まり、一般家庭も停電となったほか、いたるところで防犯ベルが鳴り響き、電話会社のラインもダメージを受け、カウアイ島と他のハワイ諸島との電話が不通状態となった。停電や電話の不通がこのせん光と関係があることに気づいた住民は誰ひとりいなかった。

 だが、あとでわかったことは、同じ時間帯にハワイから1400キロ近くも離れたジョンストン環礁で米軍が実施した「スターフィッシュ・プライム」と呼ばれた核実験で発生したEMPと直接関係していたことだった。

 当時の国防総省のデータによると、実験場から打ち上げられた「Thor Missile」は13分後に高度約400キロ上空に達した時点で核弾頭を爆発させたが、威力は広島型原爆の100倍近い1.45メガトン相当の強力なものだった。その際に発生したEMPの量も計測器の目盛をはるかに超える想像以上のものだったという。(KKベストセラーズ、1985年刊、拙著『史上最強が敗れる日』参照)

 このジョンストン環礁実験では、核爆弾の確実な破壊力の検証が目的であり、当初から、
EMP被害が遠隔地に及ぶことは当局者たちにとって想定外だった。しかし、結果的に核爆発が予想もしないエリアの弾道ミサイル早期警戒システム(BMEW)、弾道ミサイル目標誘導通信システムといったきわめて重要な防衛システムにまで重大な影響をおよぼすことが明らかとなり、同時にこれを逆手にとってICBM攻撃作戦の一環として利用価値があることが証明された。

 その後、アメリカは核戦争の危機が迫った場合のホワイトハウス、ペンタゴン、戦略空軍司令部(SAC)などの間の緊急連絡に使われる電話線を、EMP攻撃に弱い銅線から抵抗力のあるグラスファイバーの光通信に切り替えたほか、重要関連施設の電気通信機器についてもEMP攻撃から保護する金属シールドで覆う措置が取られた。

 しかし、その他の軍事基地や民間の電気・通信システムについては、EMP対策はまだ具体的に取られないまま今日に至っている。


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