2024年2月21日(水)

Wedge REPORT

2019年6月18日

生きるか、死ぬか…まずは今日1日を終えるのが大変

 施設の職員からは、退所後に働く場や住居がなかなか見つからないとお聞きしました。そこで「とび職の仕事、住まい、親代わり(身元引受人)」の3点セットで雇用するようにしたのです。児童養護施設、鑑別所、少年院、刑務所などを出た人を雇う際に、基本的にこちらから断ったことはありません。「とび職としてがんばりたい」といった意志が明確ならば、雇います。最近までは、“来るもの拒まず”でした。だから、とんでもない目にも遭いましたよ。すごい人がいましたからね…(苦笑)。

 はじめは「とび職として一人前にして育てよう」と必死でしたが、それ以前のところからのスタートでした。生きるか、死ぬか…まずは今日1日を終えるのが大変なのです。これまでの14年間で、80人程を受け入れました。ほとんどが1∼2年以内に様々な事情やいきさつで辞めていきます。きちんと挨拶して離れていく人もいれば、後ろ足で砂をかけるようなことしていなくなる人もいました。

 とび職の仕事はキツイし、高いところで作業をするから、危険でもあります。毎日が命懸け。厳しい先輩がいる現場もある。夏は暑いし、冬は寒い。それでも、現在は4人がものすごい成長をして、立派に働いています。一人前になり、退職後、会社を設立し、社長をしているのも、2人いるんですよ。

 辞めていった人も含めて全員が印象に残っていますが、特に強烈だったのは何人かいますね。そのうちのひとりが、児童相談所一時保護所から依頼された17歳の男子。施設の指導員を怒鳴り、蹴飛ばしたりして、誰の言うことも聞かない。私がうかがったら、一応、面会はしました。「この野郎!」という雰囲気で、こちらを見ない…(苦笑)。

 現在に至ったいきさつを本人や職員から聞くと、そのようにならざるを得ない環境で生きてきたようでした。3歳の頃から、親から虐待を受けてきたみたいです。人をきっと信じられないんでしょうね。

 彼がいた児童相談所一時保護所(非行児童や被虐待児を一時的に保護する施設)は、児童福祉の「最後の砦」といわれます。自立援助ホームや児童養護施設などで生活ができなくて弾かれた人が、一時保護所に行く場合が多いと聞きます。

 本人納得のうえ、事務所に連れてきて、寮で寝泊まりするようにさせました。工具や作業服などを購入し、現場での仕事を教えました。彼は未経験ながらも、がんばったのです。ところが、寮に戻ると、ほかのとび職とけんかをする。時には、大きなハンマーをもって追いかける。

 ある日、警察官から職務質問を受けた際に殴ってしまい、公務執行妨害となり、鑑別所へ。私は雇用主であり、「親代わり」だから、会いに行きました。彼は「すいません、もう1回チャンスをください」と言う。その言葉を信じて、賃貸マンションの一室を借りました。みんながいる寮ではなく、当面は一人暮らしをさせようとしたのですが、2カ月続かなかった。「仕事がキツイ」と言うんです。

 そのまま辞めさせるわけにはいかないから、次の職が見つかるまで住まわせ、食事も支給しました。彼はなんとか見つけて、離れていきました。3年後に地元の警察から聞いた限りでは、少年たちの喧嘩の仲裁をしていたそうです。それを知ったとき、人は変わるものなんだな、と思いました。私は、彼を変えようなんて思っていなかった。人が人を変えようなんて、おごりじゃないですか…!!


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