2024年4月20日(土)

食の安全 常識・非常識

2019年7月9日

オフターゲット変異は除去される

 ゲノム編集技術の安全性においては「オフターゲット変異」が懸念されています。反対運動を展開している人たちは、必ず言及します。オフターゲット変異というのは、DNAを切断する酵素が、目標とするターゲット以外の部分を切ってしまう現象です。酵素は、DNAの配列を識別して特定の部分を切りますが、まったく同じ配列の部分は、同じように切ってしまいますし、よく似た配列の部分を切ってしまうこともあります。

 医療分野ではこれは重要な問題。しかし、品種改良と混同するべきではないでしょう。

 作物の品種改良の場合には、遺伝子組換えとゲノム編集を施した後、細胞を培養してそこから芽を出させ、植物の通常の形に戻す工程があります。実は、この培養段階でも自然の突然変異が大量に起きています。そのため、たくさんの細胞からよいものを選抜する工程が欠かせません。さらに、元の作物(遺伝子組換えとゲノム編集を施されていないもの)と交配し(これを、戻し交配と呼びます)、最終的には、ゲノム編集技術がターゲットとした部位のみ変異がかかっており、それ以外の部分は元の作物と同じで外来の酵素遺伝子も持っていない個体にします。

植物を対象としたゲノム編集では、DNAを切断する人工制限酵素のもととなる遺伝子をまず、遺伝子組換え技術によりゲノムに挿入する。 これにより、細胞中で人工制限酵素が作られるようになり、DNAを切断し、ゲノム編集技術が目的とする変異を引き起こす。だが、違う部位を切ってしまう「オフターゲット変異」が起きる場合もある。 しかし、この後に遺伝子組換えやゲノム編集技術を用いていない系統を交配すれば、メンデルの法則により人工制限酵素の遺伝子や、オフターゲット変異は分離できる(取り除ける)。 後代の交配と選抜により、最終的に、ゲノム編集による変異はあるが人工制限酵素の遺伝子やオフターゲット変異のない系統のみを、新たな品種とする。
(出典:農研機構企画戦略本部 田部井豊新技術対策室長提供)

 選抜と交配の工程が何段階にもわたってあるので、仮にゲノム編集によってオフターゲット変異が起きたとしても、最終的には除去されている、と考えられるのです。

 家畜の場合には、受精卵細胞にゲノム編集技術を施す場合が多いのですが、同じようにたくさんの卵細胞を処理し、その中から選抜しますので、同様にオフターゲット変異が残っている可能性は著しく低いのです。

従来の品種改良でも、オフターゲット変異は起きている

 可能性はゼロ、とは言えません。科学者はいかなる場合もゼロは証明できないので、「可能性は著しく低い」という言い方をします。培養や選抜、戻し交配等の複雑な工程を知っていれば、納得できます。が、知らない人は、「ゼロでないなら危ないのか」と感じ、理解しにくい部分なのかもしれません。

 さらに言えるのは、従来の品種改良においても、ターゲットとしない部位の変異は普通に起きていて、その後の選抜や交配の工程で除去されている、という事実です。新品種として商用化された後に、安全上の問題が浮上したケースはありません。ゲノム編集のオフターゲット変異が、それらと異なりリスクが高い、とはみなせません。

 外来遺伝子等の挿入のないゲノム編集については、特別扱いして危険視する科学的根拠はない、と私は考えます。

表示を義務化できない事情

 こうして、1~数塩基が変わるゲノム編集食品は、開発事業者による届け出制で管理することになりました。

 ただし、消費者の一部がゲノム編集技術に不安を抱いているのは、間違いありません。厚労省が、届け出制とする方針を打ち出した報告書についてパブリックコメントを実施したところ、安全性への懸念を訴える声が寄せられました。

 また、食品への表示についても「ゲノム編集技術でつくられた全ての作物等とその加工食品について、表示の義務付けを要望する」などの意見が出ました。

 「安全性にかんする国の判断は信用できない。しかし、表示されれば、識別できて、避けることができる」ということでしょう。ご意見ごもっとも。消費者が自主的かつ合理的に選択できる機会を確保するのは、とても重要なことです。でも、そう簡単に表示できない事情があります。

 ゲノム編集食品は、科学的には、従来の食品と区別できないのです。


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