ゲノム編集食品の安全性や表示をめぐり、ニュースが増えてきました。国も全国5カ所で説明会を開いています。
しかし、品種改良の科学や表示制度の仕組みがよく理解されないまま、報道されているように思えます。
ゲノム編集食品は安全だとする主張よりもどうしても、危険視する活動家が目立ち、マスメディアも好んで取り上げます。「市民の不安は大きいのに、知らないまま食べさせられる……」という話は、センセーショナルで人を引きつけます。
そんなふうに簡単に整理できたらどんなによいか。でも、そう単純な話にはなり得ません。かなり複雑、難しい。詳しく解説します。
ゲノム編集食品とは
ゲノム編集技術は、生物の遺伝情報であるゲノムの特定の部位に、意図的に変異を加えることで、性質を変えようというものです。医療分野でもこの技術の利用が検討されていますが、食品の分野では、家畜や作物を品種改良する際にゲノム編集技術を用いようとしています。
品種改良では、ゲノムの遺伝情報を構成するDNAを切断できる酵素を、家畜や作物の細胞中で働かせて、特定の部位を切断します。すると、DNAを構成する塩基が一部抜けたり、別の種類の塩基配列が入ったりします。それにより、よい性質が付加されたり、悪い性質が抑制されたりします。
家畜のゲノム編集では、切断できる酵素等を受精卵に直接、注射針で注入してDNAを切ります。一方、作物は細胞壁があって直接注入ができないので、まずは遺伝子組換え技術により酵素を作る遺伝子を導入し、遺伝子組換え植物を作ります。そのうえで、細胞中で酵素を働かせてDNAを切断します。
酵素を働かせてDNAを切断した後は、酵素の遺伝子は不要です。そこで、元の「遺伝子組換えもゲノム編集もしていない作物」を交配(掛け合わせ)して、ゲノム編集により特定の部位は変異しているけれども、酵素の遺伝子は持っていない系統を選び出し、新しい品種を作り出すのです。
ゲノム編集技術を用いれば、従来に比べて短時間で効率よく品種改良ができます。
一部は、安全性審査をせず届け出制に
こうしてできるゲノム編集食品の取り扱いについて、厚労省は専門家を集めた会議(薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会遺伝子組換え食品等調査会)で検討しました。DNAを切断した際に、その生物が持っていない外来遺伝子や特定の塩基配列を、意図して挿入したりする場合には、「遺伝子組換え」と同様に「安全性審査が必要」と整理しました。
一方、DNAを切断した後、塩基が1~数個、抜けたり(欠失)、ほかの塩基と入れ替わったり(置換)、追加されたり(挿入)、というようなものは、安全性審査はしない、と決めました。
人工的にゲノムを操作しているのになぜ? という疑問が沸き起こります。しかし、実はこの「DNAが切断された後、1〜数塩基が欠失したり置換されたり、挿入されたりする」という現象は、自然界で普通に日常的に起きています。紫外線や自然の放射線等、さまざまなものによりDNAが切断され、こうした変異が引き起こされています。
さらに、これまで行われてきた品種改良でも、「化学物質や強い放射線によりDNAを切断し、その後に自然に起きる塩基の欠失や置換、挿入により性質を改良する」というやり方が普通に行われてきています。ゲノム編集が特定の部位を切断するのに対して、化学物質や放射線による突然変異はどこを切ることができるのかわからず、天に任せた状態。でも、切断した後に起きる現象は、ゲノム編集と同じです。
化学物質や放射線による突然変異によりできた新品種は、安全性審査もなく販売され、これまで問題が生じたことはありません。
厚労省の専門家会議でもさまざまな議論がありましたが、「1〜数塩基が変わるタイプのゲノム編集技術による食品は、自然の突然変異や従来の品種改良と差異がなく、安全性において同等」という結論に。したがって、審査はせず、安全性に関する情報を一定程度届け出てもらうこととなりました。
ただし、さまざまなタイプのゲノム編集食品について、「安全性審査が必要か、届け出で済むタイプか」を判断するステップが必要です。そのため厚労省は、事業者から事前相談を受け付け審議会の中にある「遺伝子組換え食品等調査会」にも意見を求め、そのうえで届け出か安全性審査か、振り分ける、という制度案を検討中。現在パブリックコメントを実施しています(7月26日まで意見を募集)。厚労省は、このパブリックコメントに寄せられる意見も考慮したうえで、今夏に制度運用をはじめる予定です。