2024年11月21日(木)

Washington Files

2019年9月24日

リーマンショックをきっかけに乱用者が急増

 実際に、オピオイド乱用者は、2008年リーマン・ショックに端を発した世界同時不況をきっかけとして急増したといわれる。

 米ボストン大学の公衆衛生問題フォーラム誌「Public Health Post」は昨年1月、とくにオピオイド危機と社会的要因との相関性を論じた中で、次のような専門家の指摘を掲載している:

 「2007-2008年から始まった金融危機は、その後10年間に製造業および炭鉱業を抱える中西部諸州に深刻な経済的影響を及ぼしたが、並行して麻薬中毒による死者数がかつてなく増加した。とくにウェストバージニア、ケンタッキー両州の多くの郡部では全米平均の9倍近くの死者を出した。金融危機の直撃を受け、失業者が増大したことと関連付けられている。石油、天然ガス発掘関連労働者の多いユタ州カーボン郡、コロラド州ラス・アニマス郡でも同様傾向が見られた……このように失業者たちは、体の節々の痛み、精神的不安、うつ病、精神障害などの問題を抱え、オピオイドなどの麻薬に依存する傾向が目立つ」

 とくに注目されるのは、オピオイド乱用者による死者が、20代から50代の働き盛りの世代に圧倒的に多い点だ。

 たとえばマサチューセッツ州公衆衛生局が最近公表した資料によると、同州内におけるオピオイド関連死件数は、2019年1月から6月までの半年間で611件に達しているが、年齢別にみると、25―34歳=173件、35―44歳=141件、45―54歳=146件と、青年~壮年期に集中していることが明らかになっている。本来、通常の慢性痛の場合、高齢になるほど増加傾向にあるが、オピオイドの場合、比較的若い世代に犠牲者が集中していること自体、鎮痛以外の“覚せい”目的に多用されていることを如実に示している。

 さらに、オピオイド問題がここまで深刻化したもう一つの原因として、アメリカではわが国のような国民皆保険制度がないため、さまざまな痛みを抱える市民の中には高額な通院費を自己負担できず、間に合わせに闇ルートでオピオイドを探し求める人たちが少ないことも指摘されている。

 実際、医療コストは目の飛び出るほど高い。筆者もアメリカ滞在中、虫歯の抜歯・治療で8000ドル(約86万円)、日帰り盲腸手術で1万ドルを請求されたという友人の話を聞き、驚かされたことがある。

 トランプ政権は、オピオイド危機が来年大統領選挙の大きな争点になりつつあるのを受けて、昨年の「非常事態宣言」以来、薬品メーカーによる乱売、闇ルート取引の摘発強化などに乗り出してきた。しかしその一方で、オバマ前政権が打ち出してきた低・中間所得者層救済を目的とした医療保険改革には徹底して反対の立場を取り続けている。

 アメリカ国民が直面する“痛みと不安”を解消できるめどは全く立っていない。

  
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