米国の著名な中国政治研究者ミンシン・ペイ(米クレアモント・マケナ大学政治学教授)が、Project Syndicateのサイトに9月20日で掲載された論説で、習近平による統治は問題をはらんでおり、中国共産党政権は、毛沢東時代の終了後、最も崩壊に近づいている、と指摘している。要旨は次の通り。
中国の一党独裁体制は、2049年(注:建国100周年にあたる)まで生き残ることすらできないかもしれない。中国共産党政権の存続にとっての最大の脅威は、米国との冷戦の展開である。ポスト毛沢東時代、中国は国際社会の中で慎重に振る舞い、対立を避けて、国力強化に努めてきた。2010年までに中国は経済力をつけ、より強硬な外交政策をとるようになった。それを受け、米国は関与政策から徐々に対立的なアプローチに重点を移しつつある。
軍事力や技術、経済効率、同盟など様々な要因から考えると、米国は米中冷戦において有利である。中国は経済面でも困難に直面している。「中国の奇跡」と呼ばれた急成長は、大量の若年労働者、急速な都市化、大規模なインフラ投資、市場自由化、グローバル化などの要因に支えられてきたが、これらの要因は弱まったり消滅したりしている。
非効率な国営企業の民営化や新重商主義的な貿易慣行の放棄などの抜本的改革を進めれば、経済成長は維持されうる。しかし、国有企業は一党独裁の経済的基盤であるから、中国共産党はこれらの改革を真剣に進めるつもりはなく、むしろ国有企業優遇政策をとっている。
また、習近平の下で、中国はプラグマティズムや、イデオロギーの柔軟性、集団指導体制を放棄、共産党は厳しいイデオロギー統制や組織規律の強化、恐怖に基づく強権政治など「新毛沢東主義」に向かっており、政策的ミスのリスクが高まっている。
共産党の権力が弱まれば、支持者に対してはナショナリズムを刺激し、敵対者に対しては弾圧を強めるだろう。しかし、この戦略が中国の一党独裁を救うことはできない。ナショナリズムは短期的に党への支持を強めるかもしれないが、党が生活水準の改善に失敗するといったことが起きれば、そのエネルギーは雲散霧消するだろう。抑圧と暴力に依存する体制は、冷え込んだ経済活動や大衆による抗議の増加、安全保障コストの増大、国際的孤立などの問題に多大なコストを払うことになる。
そういうわけで、中国共産党政権は、毛沢東時代の終了後、最も崩壊に近づいている。
出典:Minxin Pei,‘The Coming Crisis of China s One Party Regime’,(Project Syndicate, September 20, 2019)
https://www.project-syndicate.org/commentary/crisis-of-chinese-communist-party-by-minxin-pei-2019-09
ペイの主張は一面の真理を突いており傾聴に値する。ただ、ペイは2000年代半ばからずっと「中国は大変なことになる」と主張してきており、今回の分析も共産党政権の弱点を上手に指摘しているが、結論については割り引く必要があるように思われる。「中国共産党の一党独裁体制は持たない」という論は、繰り返し出てくる論であるが、これまでのところ当たっていない。
一党独裁体制崩壊論が見過ごしてきたことのうち、最も大きいのは、中国共産党の自己改革ないし修正能力を過小評価してきたことであろう。より正確な見通しを立てるには、このことを変数として入れるべきで、「中国共産党は変わり得る」ということを想定する必要がある。「変わらないかもしれないが変わるかもしれない」と言うことである。
ペイの想定は、習近平の「毛沢東的路線」が続くというものだ。上手くいかなければナショナリズムに頼るという。しかし、習近平路線が行き詰まったときに、より開かれたリベラルな共産党統治が出てくる可能性も排除できないのではないか。この代替路線は、胡耀邦が個人としてほぼ復活している中国の政治状況に鑑みれば、「胡耀邦的路線」となる可能性が高い。
確かに、習近平の路線変更がなければ、ペイが言うように共産党の統治の維持は難しくなろう。しかし、それがいつ頃になるか予測することは難しい。さらに、「胡耀邦路線」に修正し、生き残ったとしても、共産党の統治能力強化のための習近平改革の多くは維持されるであろう。それが中国共産党統治の最大の眼目である“党の指導”を担保するものだからだ。しかし「胡耀邦的路線」は最終回答ではなく、急速に変化する中国の経済社会に見合った政党に脱皮し続けない限り、共産党の統治は行きづまる。結局のところ、一党支配、つまり“党の指導”が立ち行かなくなる蓋然性は高いのだが、それがいつになるかの予測は常人の能力を超えるといっても過言ではないだろう。
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