世界最大手の通信機器メーカーである華為技術有限公司(Huawei Technologies, Co. ltd.以下ファーウェイ) の最高経営責任者(CEO)の任正非(Ren Zhengfei)が、接待外交に出た。任氏は、ニューヨーク・タイムズ紙の著名コラムニストであるトーマス・フリードマン記者を中国の深圳に招いて、インタヴューに応じた。そして、①ファーウェイは司法省と交渉する用意がある、②ファーウェイにはその5G技術を西側企業に丸ごと売り渡す用意がある、安全保障上の心配があるのであれば技術に改変を施した上で自由に使って良い、という2つの提案をし、これが、9月10日付のニューヨーク・タイムス紙に、フリードマンの記事として掲載された。
任正非としては、司法取引をして、拘留されているファーウェイの最高財務責任者(CFO)である娘の孟晩舟(Meng Wanzhou)を救出し、ファーウェイに対するトランプ政権の敵対的行動を止めさせたいということなのであろう。
任正非が接待外交をしたのは、フリードマンという著名なジャーナリストだけではない。任正非は、英エコノミスト誌の記者も深圳に招き、5G技術を丸ごと売却する用意があるという同じ提案を語っている。この提案について、9月14日号のエコノミスト誌が、「ファーウェイは検討するに値する平和提案を行なった」と題する論説を掲載した。結論的に次の趣旨を書いている。明確に理解出来ないが、さして積極的に評価しているようでもない。それでも考慮に値すると述べている。「ファーウェイは米国では活動しないからファーウェイから5G技術を買った企業が米国でファーウェイとの競争に当面することはない。他方、他国では両者は正面からぶつかるが、分はファーウェイにある。5G技術に時間を節約して安全にアクセスが可能にはなる。競争は促進される。それでも遺憾なことに世界は2つの技術生態系に分断されるかも知れないが、任正非の提案は技術冷戦を鎮める上で役に立つかも知れない。米中両国は危険な方向に進んでいる。正常な状況では任正非の提案は無謀だが、現下の状況では考慮に値しよう」。
ここまで読んで、読者の方は、エコノミスト誌の文章の論旨に歯切れの悪さを感じることがあろう。要するに、任の提案はあまり良いものではないが、米中技術戦争を止めさせるには、まあ仕方ない、と述べている。しかし、この提案自体が、よく考慮すればするほど、中国に有利に出来ているようである。司法取引に関しては、結局は、お金の話で、いくら払って釈放してもらえるかということだろうが、トランプ大統領は米中貿易協議の取引材料にしたいと思っているし、米国司法省は、あくまで法律に基づいて手続きすると述べている。ファーウェイの5Gの技術を売却する提案は、エコノミスト誌も指摘しているように、結局、もともとのファーウェイと売却先の企業が市場で競争することには変わりなく、技術戦争はなくならない。それに、ファーウェイは売却した技術を熟知しているので、ほんの少しでもそれ以上の技術を開発すれば、技術的優位に立てる。市場の独占も、技術独占も可能になってしまう。
これは任正非によるオリーブの枝である。ファーウェイを破壊しようとのトランプ政権の試みが成功している訳ではない。ファーウェイは苦しいが屈服した訳ではない。中国のほか、米国に近い同盟国を除く諸国では頑張れるとの見方もある。しかし、任正非の提案は苦しさの表現と見るのが自然であろう。そもそも、任正非はメディアに訴えなくとも、トランプ政権に接触して、司法省との交渉と5G技術の売却の提案を直接伝えることが出来た筈である。直接伝えはしたが、事は巧く運ばず、有力メディアを使うことにしたのかも知れない。 ただ、メディアを圧力として使う手法は成功しないであろう。
ファーウェイの成長の柱である5G技術を競争相手にも使わせるという大胆な提案であるから(任もファーウェイの技術を買うことに関心のある企業があるのか良く分からない)、任正非は思い切った決断をした積りかも知れない。しかし、問題が中国の体制に根ざすものであるために(任自身も人民解放軍の出身である)、技術的に解決が困難であること、つまりファーウェイの背後に中国という国の暗い影を外部の世界が見ていることを、彼が理解しているのかどうかは明らかでない。
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