中東を読み解く

2019年10月9日

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「いつか自分たちも裏切られる」

 トランプ大統領が今回、トルコの侵攻を容認するような決定をなぜ突然行ったのかは明白ではないが、背景には再選に向けた選挙戦が本格化する前に、外交得点をどうしても稼ぎたいという思惑があったことは間違いないだろう。最近の外交が失敗続きで、その焦りもあったと思われる。

 例えば、ストックホルムでの最近の北朝鮮との米朝協議は「決裂」(北朝鮮当局者)に終わり、成果を挙げることはできなかった。またトランプ氏は国連総会開催時にフランスの仲介で、イランのロウハニ大統領と直接会談しようと図ったが、ロウハニ師に袖にされ、これもうまくいかなかった。大統領が自慢できるのは日本との貿易交渉の妥結ぐらいのものだ。

 こうした中で、シリアから駐留米軍を完全撤退させられれば、外交的な成果として有権者にアピールできる。エルドアン氏に侵攻の青信号を与えた背景にはこんな事情があったと言えるだろう。だが、大統領の今回の言動は世界の同盟国、とりわけペルシャ湾岸諸国などアラブの同盟国にどのように映ったのか。米国の長期的な戦略からすれば、極めて稚拙な決定だったのではないか。

 第1に、「米国の裏切り」と批判するシリアのクルド人は二度とトランプ政権を信頼することはないだろう。トランプ大統領は「クルド人には巨額な資金と装備を与えた」とクルド人も恩恵を被ったかのように言っているが、米国の説得に応じて対IS戦で先兵となり、1万2000人もの戦死者を出したことを考えると、自分たちを見捨てた米国は許し難い。クルド人なしでは今後、すでに復活しつつあるISの活動を抑制できない。

 しかも、トルコとの交渉に当たってきた米軍当局者は、トルコに侵攻させないためとして、土塁や掩蔽豪などクルド人が国境に築いた防衛網を破壊させた。戦う意思のないことをトルコに示すのが目的だったが、結果的には無防備にさせた上で侵攻を容認したことになり、クルド人からすれば「丸裸にして敵に売り渡された」(アナリスト)形になった。

 第2に、クルド人が受けた裏切りを米国の同盟国も我が身に降りかかったかのように注視しているという点を忘れてはならない。とりわけイランと対峙しているペルシャ湾岸産油国の関心は高い。アラブ首長国連邦(UAE)は最近、米国やサウジアラビアにべったりの姿勢を転換、イエメン戦争から軍を引き、海洋安全保障問題でイランと直接協議に踏み切った。

 ニューヨーク・タイムズなどによると、トランプ政権との同盟関係を誇示してきたサウジアラビアでさえ、先月に世界最大級の石油施設が攻撃を受けた後、イラクとパキスタンの首脳にイランとの調停を依頼、水面下での間接的な接触を開始している。石油施設への攻撃後、米国がイランへの報復攻撃を控え、トランプ大統領が「これはサウジの戦争だ」と突き放すような発言をしたことも、イランとの対話を加速させた要因だ。

 そうした中で今回、彼らはクルド人が利用されるだけ利用されて見捨てられる様を目の当たりにした。「いつか自分たちも裏切られる」(アナリスト)。湾岸諸国の対米不信感が増幅したのは間違いないところだ。元中央情報局の当局者は米紙に対し「トランプ政権は少なくとも、あるところでは一貫している。同盟国やパートナーを欺いているという点だ」と厳しく指摘している。

  
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