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2020年1月24日

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出井康博 (いでい・やすひろ)

ジャーナリスト

1965年、岡山県に生まれる。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒業。英字紙「ニッケイ・ウイークリー」記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)客員研究員を経て、フリー。著書には、『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)などがある。

 2019年4月、ベトナム人のファット君(25歳)は、2年近くに及んだ日本での留学生活を切り上げ母国へ帰国した。「留学」といっても、彼の目的は日本での出稼ぎだった。しかし、アルバイトで稼いだ金は日本語学校への学費の支払いに消え、留学時に背負った借金すら返し終えることができなかった。

 帰国後、彼は「実習生」や「留学生」として日本へ出稼ぎ労働者を送り出しているハノイの斡旋業者に就職した。日本帰りのベトナム人が、斡旋業者で働くことはよくある。カタコトの日本語しかできなくても、日本語教師として雇ってもらえるからだ。元実習生や元留学生が日本とのコネクションを活かし、業者の経営に乗り出すケースも少なくない。

ハノイ市内のカフェ(vinhdav/gettyimages)

 日本への出稼ぎ斡旋は、極めて儲けが大きいビジネスだ。たとえば、実習生の送り出しに関し、ベトナム政府は業者が希望者から徴収する手数料の上限を1人当たり「3600ドル」(約39万円)と定めてはいる。しかし、実際には全く守られていない。地域によっても差があるが、ファット君によれば、ハノイの業者で「75万円から90万円くらい」が現在の相場だという。

 「それでも3~4年前と比べて少し安くなりました。以前は100万円以上の手数料を取る業者も多かったですから」

 現在、日本には19万人近いベトナム人が実習生として来日している。1人80万円の手数料を業者に支払っていれば、合計で1500億円以上に上る。加えて、8万人以上の留学生も、実習生ほどではないが業者に手数料を徴収されている。出稼ぎ斡旋ビジネスが、ベトナムでいかに大きな「産業」であるかわかってもらえるだろう。

 日本へ出稼ぎに向かうベトナム人は、最近ではハノイやホーチミンといった大都市には少ない。希望者の大半は、仕事が見つからない地方の貧しい若者だ。

 彼らに金はなく、業者へ支払う手数料は借金に頼る。年収の数倍にも及ぶ借金は大きなリスクだが、日本で働けば簡単に返せると考えてしまう。

 手数料の高さには理由もある。実習生の斡旋は、日本側の「買い手市場」となっている。日本で実習生を仲介する「監理団体」や受け入れ先となる企業関係者がベトナムを訪れた際には、送り出し業者が豪勢な接待でもてなすのが恒例だ。受け入れが決まれば、監理団体に「1人につき10万円」程度のキックバックも生じる。そんな費用も、すべて出稼ぎ希望者の手数料に転嫁される。

 ハノイの斡旋業者に就職したファット君の基本給は、日本円で月4万円ほどだった。仕事は日本語に加え、先輩として日本での生活を出稼ぎ希望者に教えることだ。

 基本給の他にも、業者に希望者を紹介すれば、1人につき約10万円のコミッションが入る仕組みだった。その出所もまた、希望者が背負う借金である。

 ベトナムでは、出稼ぎ斡旋業者へのイメージはよくない。日本側の関係者への接待や不透明なキックバックに加え、政府担当者への賄賂の温床にもなっているため、極めてグレーなビジネスと見られているのだ。

 実習生や留学生が日本で都合よく利用される実態も、今では広く知れ渡っている。日本側と組み、貧しい若者を労働者として売り飛ばすことへの批判も少なくない。

 ファット君にしろ、そんな若者の1人だった。兵役を終え、故郷の村に戻っても仕事がなかった。そこで家族を助けようと、大きな借金を背負い日本へと渡ったが、出稼ぎの目的は果たせなかった。現状のシステムで恩恵を得ているのは、ベトナムの斡旋業者や日本側の日本語学校などであることもよく理解している。

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