世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年2月19日

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 従来、中東の政治は部族主義や宗派主義が重要な要素であったが、最近、ナショナリズム重視の動きが起きているようにも見える。米国の外交コラムニストBenny Avniは、ウォールストリート・ジャーナル紙に1月27日付けで掲載された論説‘Arab Protesters Turn Away From the Tribe and Toward Nationalism’で、今やレバノン、イラク等中東で部族(宗派等)ベースの政治からナショナルな政府を求める動きが起きている、と指摘している。

Rawpixel/iStock / Getty Images Plus

 アヴニの論説の主要点は次の通りである。

 ・レバノン、イラク等で部族主義に対する新たな批判が起きている。その理由として、古い部族主義を基礎とする秩序では、公共利益を実現できなくなっていることがある。

 ・アラブの新しい世代は、指導者の宗教や家族的背景、部族政治操作能力に大きな関心を持っていない。拡大する抗議運動はもっと能力を持ったナショナルな統治を要求している

 ・レバノンの人々は、中央政府の腐敗にも、ヒズボラやイランにも反対し、ここ数か月間、抗議デモが暴力化している。宗教や階級、氏族とは関係なく、レバノン全体のことが問題になっており、今までとは状況が違う。

 ・イラクでは、シーアの指導者やイランに対しシーアの抗議者達が憤激し、イラン総領事館に放火している。彼らは部族ベースの政府をナショナルな政府に代えることを要求している。

 ・「アラブの春」は一人の独裁者との戦いであったが、今は制度全体との戦いになっており、それは中東全体に広がっている。

 この論説は、興味深い観察を示している。中東が少しずつ変化していることは間違いない。国家レベルでは昔のアラブのアイデンティティの重要性は相対的に減少、今やそれぞれの国のナショナルなアイデンティティが強くなっている。サウジやトルコなどは自らが考える国益に従ってより自由な外交をするようになっている。更に上記の論説が言うように、国民レベルでは宗教や部族など部族ベースの政治ではなく、きちっとした行政サービスを求める声が強くなっているのであろう。アラブの春運動の根底には雇用の問題があった。中東の人々にとっても経済、雇用が最重要の課題になってきている。それを実現できない政府は批判される。汚職や長期政権に対する目も厳しくなっている。

 これらの変化が持続するかどうか、まだはっきりしない。他方、中東で宗派の区別が重要でなくなることはないだろう。イランとアラブの相違はなくならないだろう。少なくとも、これから暫くの間は宗派やナショナルな違いなど種々のアイデンティティが競争的に併存する時代になるのではないか。しかし、国内的に見れば、いずれの国も国民は経済利益、社会利益を一層意識し、雇用改善等を求めていく傾向は強まることこそあれ、弱まることはないとみるべきではないだろうか。イランのデモも経済の改善を求めている。この背景の一つには世界の情報化(中東の人々も他国の生活を克明に知ることができる)があり、この趨勢が弱まることはないだろう。

 これらの変化には、良いことも、悪いこともある。宗派的対立が弱まることは良いことであるし、各国がもっと内政や経済に注意を向けることは良いことである。混乱や内乱がノーマルな中東が少しでも変わることは良いことだ。しかし、秩序がなくなるとか、新たな秩序への転換に失敗すること等は悪いことである。レバノンやイラクなどでは、宗派間の権力共有を無視した政府は却って不安定になるリスクもある。悪い国益の跋扈も良くない。また、今のシリアやリビアにみられるように、外部勢力の介入が事態の悪化を招いている。外部勢力の介入は抑えていくことが必要である。

  
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