野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2020年3月11日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 危機管理といえば、真っ先にイメージされるのが軍事や安全保障、外交問題などだが、いま起きている新型コロナウイルスの世界的拡大もまた、国民の生命・財産に大きな影響を及ぼしかねないリスクを有する重要問題であり、政府の危機管理能力が問われることは言うまでもない。特に、日々の生活に関わるマスクの確保に世論は敏感に反応しており、マスクはまさにコロナ時代の「戦略物資」となっている。

 コロナの世界的流行で、どの国でも起きているマスク不足。韓国政府はマスクを「戦略物資」と指定することを検討すると明らかにした。日本政府も原則マスクの転売を15日から規制する閣議決定が行われたが、現在マスクは日本では入手困難な状況が続いている。コロナ流行の兆しがある米国でもマスクが不足は始まっていると伝えられている。

 現時点でコロナの流行を感染者が50人未満で新たな感染者の発見もこの数日間は起きておらず、中国と近接していながら拡大の抑え込みに成功している台湾の蔡英文・民進党政権の対応が世界で注目されているが、そのなかで1月下旬に発動させたマスク確保作戦を中心とする台湾政府の「マスク・ポリティックス」を詳しく見てみたい。

国立中正紀念堂を訪れる観光客もマスク姿が多い(AP/AFLO)

大晦日に始まったマスク自主供給計画

 台湾については、38歳の天才デジタル 担当大臣・唐鳳(オードリー・タン)が作ったマスク在庫確認アプリが話題になっているが、それは台湾の新型コロナ対応の大きなピクチャーの一部である。実は、新型コロナウイルスが広がりかけた時期に、台湾でもマスク不足が一時的に表面化しかけたことがあった。台湾の行政副院長(副首相)の陳其邁氏がメディアに語ったところによると、危機が察知されたのは、台湾の旧正月にあたる1月下旬のことだった。

 「これはまずいかもしれない」。マスク在庫の動向に対し、不安を感じた陳其邁・副院長は、通常、役所は長い休暇に入ってる旧正月中の1月28日に、マスク生産を管轄する経済部の沈栄津部長(大臣)に連絡をとり、対応策の協議に入ったという。

 台湾は1月24日にマスクの輸出停止を表明していた。この措置を、野党・国民党は人道的ではないなどと批判したが、もはや輸出など言っていられない事態になっていた。懸念されたのは、マスクの在庫が急激に不足しており、しかも旧正月はマスク生産工場が動かないため、当時、台湾政府が備蓄していた4500万枚のマスクが、旧正月の間にあっという間に空になってしまいかねないことだった。

 それまで台湾政府は、毎日600万枚を在庫から出し、コンビニエンスストアなどで販売していた。当時、1人につき3枚という制限があったにもかかわらず、セブンイレブン、ファミリーマートなどの主要コンビニエンスストアでは配分したマスクの8割が売り切れてしまっていた。マスク売り上げのスピードは、新型コロナウイルス騒動が起きる前の40倍に達していたという。

 沈栄津・経済部長は、政府が補助を負担して給料を上乗せするので、旧正月の間でもマスクの生産をできないか工場に確認をとったが、すでに職員が休暇に入っているため、応じてくれるところは見つからなかった。台湾では、一般向けマスクの9割は中国からの輸入。このままではマスクの在庫は早晩尽きると判断し、政府自らがマスク生産をサポートし、台湾自身によるマスク自主供給体制を確立することを決めた。

 陳其邁・副院長と沈栄津・経済部長は、旧正月期間中に各方面を走りまわり、ほとんど休暇をとることができなかったという。その間にやったことは、台湾政府が60台のマスク生産機械を発注したことだ。一台につき価格は300万台湾ドル(1台湾ドル=3・5円)で、合計で1.8億台湾ドルの費用となった。これらの生産機械を業者に分配し、生産を委託し、生産量のすべてを政府で買い上る仕組みを整えた。

世界第2位のマスク生産国へ

 通常台湾でマスクは1枚につき工場の中間業者への卸価格は1枚1.5台湾ドルだが、政府は2.5台湾ドルで買い取る約束にした。そのかわり、500万枚の生産につき、120万枚は政府へ無料供与をするということになった。一定期間が経過し、緊急事態が終わったあとは、生産機械は協力してくれた企業に贈与されることになっている。材料についても、一般向けマスクの材料となる不織布を生産する企業と連携をとり、少なくとも6月までは不織布の供給に問題がないよう手配済みだという。

 こうした努力が功を奏し、仕事始めとなる2月上旬の旧春節明けには、台湾では日産400万枚の生産体制が整っていたという。現在もさらに追加で生産機器30台を購入しているという。現在の生産能力は日産800万枚。3月中には日産1000万枚に達する予定であり、中国に次ぐ世界で第2位のマスク生産大国になるという。ただ。いまのところ台湾内部の供給を優先して輸出は解禁しない方針だ。

 それほど大量のマスクが必要になるのかと疑問に思われるかもしれないが、人口2300万人の台湾では通常は毎日200~300万人がマスクを使用しているが、コロナ危機が始まってからは1日に1000万人が使用している可能性もあるため、日産1000万枚であっても多すぎるとはならない、という政府内の試算があるという。

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