2022年12月2日(金)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2020年3月11日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

どの薬局にどれだけマスクの在庫があるか一目でわかるアプリ

 一方、台湾では2月6日からマスクの実名購入制を導入する準備も旧正月中に完了させた。購入できるのは大人1人につき週に2枚まで。台湾は国民すべてにID番号がある。オンラインで健康保険と紐付けさせられる特定薬局や保健所でIDを提示しながら1週間に1人2枚のマスクが買えるようにした。大行列を回避するため、ID末尾の奇数番号と偶数番号で購入日を分けた。回線がパンクしないように巨大なサーバーを買いつけたという。

 同時に、台湾の「天才IT大臣」とも称される唐鳳は、どの薬局にどれだけマスクの在庫があるか一目でわかるアプリを開発した。開発にかかった時間はわずか48時間だったという。多くの民間のプログラマーが、唐鳳が立ち上げたオープンソース式のソフトウエア開発に参加し、2月6日の実名制導入と同じ日にアプリも立ち上がった。アプリの運用にあたっては、唐鳳は、利用者の意見を素早く反映しながらアプリを随時改善し、マスクの在庫を示す衛生当局の資料も30分ごと(現在は30秒ごと)に更新するよう指示したという。こうした努力があったら、事実上のマスク配給制ともいえる実名購入制がスピーディーに導入できたのである。

 それでも現状は台湾では朝などは行列の姿を目にするが、人々から大きな不満の声は出ていない。それは、苦労はしても「必ずマスクが手に入る」という見通しが立っているから、不安を起こさないという状況が大きいと見られる。台湾政府は、マスクに関わる違法な転売やフェイク情報の流布も取り締まっており、マスクをめぐるパニックはなく、国民みんなが少しずつ我慢をすれば、マスクを確保できるようになっているのである。

 また、台湾では政府を通して、航空会社、タクシー会社、医療機関、社会福祉施設など、多くの人間と接する職場には、マスク供給を欠かしていない。

今週から「マスク実名制2.0」へ

 9日には閣議を開き、「マスク実名制2.0」と称して、現在の大人1人週2枚、子供1人週4枚から、それぞれ大人1人週3枚、子供1人週5枚に増やし、さらに現在の行列解消ためにネット予約のコンビニ受け取り方法も試みるという。今週からテスト運用が始まる。

 たかがマスクではないかと思われるかもしれない。あるいは、マスクを必ずしも健康な人はつけなくてもいい、という専門家の意見もある。しかし、いまやマスクは新型コロナウイルスの脅威に直面する人々にとって、目に見えないウイルスという敵から身を守るための唯一といっていい、ささやかだが確かな防御方法だと認識されている。マスク着用が、この感染拡大状況で社会のスタンダードになってしまっている以上、安定供給を確保するのが政府の務めであることは言うまでもない。

 台湾では特に世論の政府監視が厳しい。マスクという生活に密接した物資が手に入らないとなると、コロナ対策全体の信頼度が問われる、という認識が政府にあった。1月11日に選挙で大勝したばかりの蔡英文・民進党政権であるが、緩みを見せないでこの危機を乗り切ろうという意思統一があったことが、マスク確保にも役立っている模様だ。

 日本政府もマスクの買い上げや生産増強を進めていることは伝わっているが、台湾の取り組みよりは1カ月以上遅れている。この初動の遅れとスピード感の欠如は、マスクだけでなく、学校の休校やイベント自粛、中国客の遮断などほかの措置とも共通することであり、日本と台湾のコロナ押さえ込みの結果にも残念ながら明確に現れていると言えるだろう。

  
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