2024年4月21日(日)

WEDGE REPORT

2020年5月25日

民主的に選出された政権も転覆

 国民の選挙による合法政権を崩壊させたとあって、いまなお悪名高いのが、チリ・アジェンデ社会主義政権の打倒クーデターだ。

 1970年11月、人民連合の統一候補、サルバドール・アジェンデを大統領とする社会主義政権がチリに誕生したが、アメリカのニクソン政権は、合法、民主的な手続きによって成立した政権であるにもかかわらず、当初から転覆を目論んでいた。

 米国は輸出入銀行だけでなく、米州開発銀行にも融資を停止させるなど金融封鎖で経済混乱に陥れ、CIAは右派による政権打倒の動きを支援した。典型的なのはCIAがトラック運送業者に資金提供して長期ストを行わせたことだった。

 アジェンデ政権は国民の支持を背景に、圧力を跳ね返して国有化など社会主義的な経済改革を進めたが、右派の野党が軍事クーデターを支持、1973年9月11日、ピノチェト陸軍総司令官らが米の支援を受けてクーデターを決行した。  

 ペプシコ、ITT(国際電信電話会社、当時)など米国の多国籍企業が背後でCIAに協力、暗躍したといわれた。 

 軍の多数がクーデターに同調し、支持勢力を失ったアジェンデ大統領は少数の護衛隊とともに最後まで大統領官邸にとどまり、自ら自動小銃をとって勇敢に〝戦死〟した。

 後継のピノチェト軍事政権は独裁的な強権政治を続けたが、1989年に退陣、氏は晩年、残虐行為などで起訴されたが健康状態などから訴えが棄却され、2006年に死亡した。

 1976年に日本でも公開された仏・ブルガリア共同制作の映画『サンチャゴに雨が降る』は、9月11日のクーデター前後10数日間の緊迫した動きを描いている。1982年に制作されたジャック・レモン主演の米映画『ミッシング』は、クーデターのさ中に行方を絶った米国人青年をめぐる物語だ。
 
 アメリカが中南米の左派政権を嫌悪するのは、自らの〝裏庭〟と位置付けているこの地域での反米政策は著しく自国の国益を損なうという〝大国の理論〟からだ。

インドネシア共産党弾圧に協力

 アジアでCIAが暗躍したケースとしては、1965年、インドネシアで起きた9月30日事件がある。

 同日深夜、首都ジャカルタで軍の一部が決起、陸軍の幹部将校らを射殺し、放送局などを占拠した。当時のスカルノ大統領から権限を与えられたスハルト戦略予備軍司令官が鎮圧に乗り出し首都を制覇、あわせて背後にいたといわれる共産党の勢力を一気に駆逐した。

 当時の共産党勢力は強大で、党員数十万を誇り、スカルノ大統領の重要な支持基盤だった。スカルノ大統領は軍と共産党の勢力を均衡させることで政権を維持してきたが、軍がクーデター騒ぎを共産党一掃の機会として利用した格好となった。

 この事件でスカルノ大統領は政治力を失い、スハルト氏に権力移譲(1967年3月、大統領代行、68年3月、大統領)への契機になった。

 CIAの具体的な役割はつまびらかではないが、アメリカはスカルノ大統領が各国の資産を接収したことなどに不快感を持っており、CIAは、反スカルノ派に巨額の資金を提供、共産党員のリストをインドネシアの情報機関に提供していたという。事実とすれば、CIAは悪名高い共産党弾圧に手を貸したことになる。


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