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2020年5月30日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

(Belus/gettyimages)

 双方が譲歩しながら妥結に至るのが外交交渉の常道であるなら、北方領土問題の解決は絶望的というほかはない。

 外務省がことしの「外交青書」で、これらの島々について「日本が主権を有する」との記述を盛り込んだことに、ロシアが強く反発した。日本側は島の範囲に触れるのを避ける配慮をしているにもかかわらずだ。

 日本政府は一昨年に打ち出した「2島返還」という方針をいまだに維持しているようだが、ロシアの不誠実な態度があらためて明らかになった以上、いよいよ本来の方針に立ち返るべき時が来たというべきだろう。

青書「4島」明記せず

 「両国間に好ましい雰囲気を醸成するという首脳レベルの合意に反する」(ロシア外務省のザハロワ報道官、5月21日)というのがロシアの言い分だ。「第2次大戦の結果、(北方領土は)ロシアの主権を有した」と従来の不当な見解も繰り返した(5月22日、読売新聞夕刊)。

 「外交青書」での「日本に主権がある」という記述は、日本として当然の主張だが、昨年の白書に比べて、踏み込んだ表現になったことから先方が反発したらしい。 

 2019年版の青書では、領土に関する日本の法的立場については何ら言及されず、「日露間で平和条約が締結されていない状態は異常である……」というお題目にとどまっていた。

 2018年版は、「北方4島は日本に帰属する」とわが国の原則的立場を明記しており、これに比べれば大きな後退だった。自民党内やメディアなどから批判を浴びたこともあって、ことし、あらためて「日本が主権」という表現を盛り込んだ。

 しかし、「日本が主権を有する島々」にしても、それがどこをさすのか不明確で、主権が存在するのが4島(「国後」「択捉」「歯舞」「色丹」)であることは明記されていない。

 ロシア側に配慮し、日本政府がなお固執する歯舞群島、色丹島の2島返還実現の可能性を残す意図だろう。

 ロシア側はそれにすら異議を唱えるというのだから、もう何をかいわんやだ。

 筆者は過去、当サイトで「2島返還」は日本の主権放棄であり、国家の基本を揺るがす愚策であること、ロシアがそれに応じてくる可能性が少ないことを、たびたび指摘してきた。今回のロシア側の反応はそれをあらためて裏付けるものとみてさしつかえあるまい。

 茂木外相は5月22日の記者会見で、ことし記述を変更したことと、ザハロワ発言について聞かれ「国際的な発言にコメントするのは避けたい。1956年の日ソ共同宣言を踏まえて平和条約交渉を加速させることで首脳が合意している。(日露間に)齟齬はない」と説明した。ロシアの不誠実な姿勢にもかかわらず、政府の方針に変化はないということだろう。  

2018年から「2島返還」に転換

 そもそもなぜ日露交渉において、「2島返還」という〝妖怪〟が登場したのか。

 2018年11月にシンガポールで行われた首脳会談が契機だった。安倍首相とプーチン大統領は、戦争状態の終結、国交正常化、歯舞、色丹両島の日本への返還が明記された1956(昭和31)年の日本とソ連(当時)の共同宣言を「交渉の基礎」とすることで合意した。宣言には、「国後」「択捉」が明記されていないため、それをもとに交渉することは、日本政府の従来の一貫した政策「4島返還」から「2島返還」への大きな転換を意味した。

 安倍首相は会談直後、「私たちの主張をしていればいいということではない。それで(戦後)70年間まったく(状況が)変わらなかった」(2018年11月26日の衆院予算委員会)と述べ、領土問題が進展しなかったのは日本側に責任があるかのような発言をして、政策の転換であることを認めた。

 国後、択捉は日ソ共同宣言にこそ盛り込まれていないが、その後の日本側の粘り強い交渉で、1993(平成5)年10月には、4島の名を明記、交渉継続をうたった「東京宣言」(細川護熙首相とエリツィン大統領=いずれも当時)にこぎつけた。安倍政権はこうした過去の日本側の血のにじむような努力を無視して56年宣言にこだわり、それを政策転換のよりどころとしている。 

 領土返還よりも、北方領土での両国の共同経済活動(2016年=平成28年=12月に首相の地元、山口・長門で行われた首脳会談で合意)によって実利を得るのが得策という判断もあったようだ、「2島プラスアルファ」という構想だ。

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