ワシントンン・ポスト紙のコラムニストであるデビッド・モスクロップ(オタワ在住)がHuaweiのCFO孟晩舟の解放と引き換えに中国が拘束しているカナダ人2人を釈放するという中国の取引の誘いをトルドー首相が拒否したことを支持する論説を、6月27日付の同紙に書いている。
2018年12月1日に孟晩舟がカナダで逮捕されて間もなく、カナダ人の2人が中国においてスパイ容疑で拘束された。Michael Kovrig(元外交官でシンク・タンクInternational Crisis Group勤務、12月10日に北京で拘束)とMichael Spavor(コンサルタント、同じ頃居住していた丹東で拘束)の2人である。中国による報復に違いない。拘束されて既に1年半が過ぎた。報道によればKovrigの妻は夫の解放のために各方面に働き掛けを行っている様子である。
6月24日、中国外務省報道官の趙立堅(Zhao Lijian)は記者会見においてMichael Kovrigの妻の「司法相は孟晩舟の米国への引き渡しを止める権限を有する」とのメディアへの発言に言及して「そのようなオプションは法の支配の範囲内にあり、2人のカナダ人の状態の解決のための空間を開き得よう」と述べた。
趙立堅は「(孟晩舟の件)は深刻な政治的事件である。それがカナダ側が主張するように法的なケースだとしても、Kovrigの妻が言ったように、カナダの司法相は如何なる時点においても引渡しのプロセスを停止する権限を有する。このことはカナダ政府がこの事件をカナダの法律に従い正しい方法で現に扱うことが可能であることを示している。我々はカナダ側に対し法の支配の精神を真に尊重し、中国の厳粛な立場と懸念を真剣に受け止め、政治的ごまかしを止め、孟晩舟を直ちに解放し、彼女の中国への安全な帰還を確保するよう、再度強く要請する」とも述べた。
中国は2人の逮捕は孟晩舟の件とは無関係との立場を維持して来たが、ここに来て、孟晩舟の件との取引をあからさまに示唆するに至った。趙立堅による法の支配についてのレクチャーは噴飯ものである。
カナダ人2人の境遇は悲劇である。同情の他ない。引渡し法(Extradition Act)の下で司法相が進行中の裁判所による引渡しの審理を止める権限を有することは確かなようである。モスクロップの論説では、トルドー首相宛の19人の元政治家や外交官からの書簡について書かれている。書簡は、このままでは結局カナダ人2人は孟晩舟が中国に帰国するまで中国の牢獄に繋がれることになること、引渡しの可否の審理は2024年までかかり得ること、パンデミックのために2人の生命が重大なリスクに晒されていることなどを指摘するとともに、孟晩舟の1件は2人だけでなくカナダの外交をも人質に取っている(5Gの構築にHuaweiの参加を認めるかの決定を為し得ず、香港問題についても発言に注意を強いられる)と指摘して司法相が引渡しの審理を停止すべきことを進言している。
トルドー首相は、この進言を斥けた。そうするしかない。モスクロップの論説もこの決定を正しいと支持している。しかし、論説はどこか歯切れが悪い。米国に言及している部分は意味が判然としないが、どこか米国の行動に釈然としないものを感じているように思われる。
カナダは実に苦しい立場にある。カナダ当局が孟晩舟を逮捕した時、中国が米国あるいはカナダの企業幹部を逮捕する危険は予知出来た。カナダは米国から逮捕の要請を受けた時点で或る程度の時間的余裕をもって中国が汚い手で報復に出る危険を予知出来たはずである。あるいは、それを理由に米国の要請を断ることも出来たかも知れない。どうしてカナダは予め危険を防ぐ手を打たなかったのか。
日本としても、他山の石とすべき1件である。
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