Washington Files

2020年8月12日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

バイデン氏とハリス氏(UPI/AFLO)

 バイデン民主党大統領候補が中道穏健派のカマラ・ハリス上院議員(55)を副大統領候補に選んだことで、今後トランプ陣営にとって選挙戦略見直しは必至となった。

 有力デジタルメディア「Axios」が、報じたところによると、大統領支持率低迷に苦悩するトランプ再選委は劣勢挽回のため、先月末選挙戦略の見直しに着手、当初、重要拠点州向けに制作されていた一連のTVコマーシャルも急遽放映を見送ってきた。そして今月から、バイデン攻撃を仕掛ける際の「より研ぎ澄まされた基調メッセージ」を前面に打ち出す作戦に切り替えた。それが「急進左派にコントロールされた操り人形=バイデンBiden as a puppet controlled by the radical left」というものだった。

 再選委有力筋によると、このわかりやすいメッセージを盛り込んだ最新のTVコマーシャルは、ウイスコンシン、ペンシルバニア、ミシガンなど拠点州のトランプ支持層の間で好評を博したという。

 とくに、高齢のバイデン氏(77)がもし、副大統領候補として有力視されてきた進歩派のエリザベス・ウォーレン上院議員を選んだ場合、健康上の理由などで任期途中で「極左副大統領へのバトンタッチ」というシナリオもあり得ただけに、再選委の新たなメッセージがより一層、訴求効果をもたらすことが期待された。

 ところが、バイデン氏が最終的に白羽の矢を当てたのは、中道穏健派で現実主義者としても知られるカリフォルニア州選出のベテラン上院議員、カマラ・ハリス女史だった。その結果、民主党の正副大統領候補がいずれも穏健派となり、今後、バイデン氏に対する「急進左派の操り人形」のレッテルは通用しなくなることになる。

 さらに、トランプ陣営にとっては、投票日まで3か月を切った今後の選挙戦を戦っていく上で、新たに二つのハンディキャップを抱えることになった。

 第一は、言うまでもなく、女性支持層でバイデン氏にかなり差をつけられること。

 第二は、黒人はじめマイノリティ支持層への影響だ。

 まず、女性票については、2016年大統領選での白人婦人層を対象として出口調査によると、ヒラリー・クリントン候補の獲得票数が43%だったのに対し、トランプ候補は52%と大きく上回った。

 ところが、今年の大統領選では、傾勢が逆転、CNN動向調査(7月26日)によると、白人婦人層支持率では、前回選挙でトランプ氏が勝利したミシガン州でバイデン候補57%、トランプ大統領36%、アリゾナ州でバイデン候補50%、トランプ氏46%と、いずれもバイデン候補に水を開けられていることが明らかになった。マイノリティ・グループを含めた婦人層全体を対象として支持率調査でも、両州のほか、勝敗を大きく左右するフロリダ州においても、バイデン氏が過半数を占め、有利に立っている。

 こうした状況下で、バイデン氏が副大統領候補に今回、女性で人気度も高く、政治経験の豊富なハリス女史を抜擢したことは、白人、マイノリティを問わず女性有権者の支持率を一段と押し上げる効果があると判断されている。

 それだけトランプ陣営にとっては、全米有権者の過半数を占める女性票獲得レースで一段と不利な状況に直面せざるを得なくなる。

 第二は、言うまでもなく黒人有権者動向へのインパクトだ。

 とくに、2016年選挙でトランプ勝利を決定づけたウイスコンシン、ミシガン、ペンシルバニア3接戦州では今回、黒人有権者の投票率に注目が集まっている。というのは、前回、クリントン候補は3州での黒人の支持を思ったほど取り付けられなかったことが敗因とされてきたからだ。

 実際、ウイスコンシン州最大都市ミルウォーキーでの黒人人口は24万人と、州全体の黒人の69%を占めているほか、デトロイト、ピッツバーグなどの大都市を擁するミシガン、ペンシルバニア両州でも全体人口に占める黒人の割合は10%以上となっており、黒人投票率の高低が3州における選挙結果に与える影響は大きい。

 ちなみに、前回選挙ではトランプ氏はウイスコンシン州で2万1000票差、ミシガン州で1万票差、ペンシルバニア州で4万票差という僅差でクリントン氏に勝利ししている。

 この点、副大統領候補に選ばれたハリス氏は、全米の黒人政治家の中で最も知名度が高く、集会などにおける聴衆動員でも抜群のアピール力を誇る。昨年、米大統領選予備選への立候補を正式表明した地元カリフォルニア州オークランド市での演説会には2万5000人もの熱烈支持者がかけつけたエピソードはとくに有名で、当時、トランプ大統領も同女史の聴衆動員力に一目置いたともいわれる。

 上記の2点に加え、トランプ陣営にとって厄介なのは、ハリス女史のこれまでの政治的スタンスだ。

 バイデン候補は民主党候補が最終確定した去る6月以来、副大統領候補の人選作業に着手、一時は同党進歩派の論客として知られるエリザベス・ウォーレン上院議員が「最有力候補」の一人として大きな話題となった。

 トランプ陣営は、民主党側のこうした進歩派グループに引きずられた体制を手玉にとり、「社会主義的色彩の濃い政権誕生」の危険性を早くから指摘してきた。そして最近になってバイデン攻撃のPR作戦として新たに打ち出されたのが、「急進左派の操り人形」というわかりやすいメッセージだった。

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