スポットライトを浴びるべき主役は彼女のはずだ。フィギュアスケートの東京選手権が東京都西東京市のダイドードリンコアイスアリーナで開催され、永井優香(早大)が総合171・19点で完全優勝。来春の大学卒業後、一般企業への就職を機に14年間のスケート人生にピリオドを打つことも明かし、ラストシーズン初戦で見事なVを飾った。
9日に行われたショートプログラム(SP)ではほぼミスのない演技で61・08点をマークし、首位に立った。このSPで永井はここまでサポートし続けてくれた母親が好きな曲「エリザベート」を現役生活で初めて選曲し、感謝の念も込めたという。翌10日のフリー(FS)でも110・11点で1位となり、他を寄せ付けなかった。
ここまで紆余曲折あったが、最後の締めくくりとして集大成となる全日本選手権(12月24日~27日、長野・ビッグハット)を目指すことになる。こうした永井の話題は大会優勝者なのだから本来ならば、もっと注目されていい。しかしながら自身にとって最後のブロック大会でメモリアルVを成し遂げた永井より下位に沈んでいたにもかかわらず、なぜか脚光を浴びた姉妹がいた。総合7位・140・95点の本田真凜(JAL)と総合12位・123・31点となった妹・本田望結(プリンスホテル)である。
特に姉の真凜は2016年世界ジュニア選手権女王だ。容姿端麗で華もある上、数々のビッグスポンサーが背後についていることもあって何かと周辺からの〝忖度〟も働きやすい。ただ、ジュニア時代は国際大会でメダルの常連だったものの、シニアに舞台を移してからは苦戦が続いている。
17―18年シーズンから満を持して転向を果たしたが、当時最大の目標としていた2018年2月開幕の平昌五輪(韓国)への出場は果たせなかった。1年前の18―19シーズン初戦だったGPシリーズ第2戦のスケートカナダでは大会直前に不運な交通事故に見舞われ、首や脚を負傷しながらも強行出場を果たし、6位に入る健闘も見せたが、まだ一度もシニアGPで表彰台に立てていないのは紛れもない事実である。
そんな真凜が東京選手権で10日に行われた女子フリーの演技において、どういうわけか一躍〝時の人〟のような扱いになっていた。優勝の永井がSPの選曲で感動的なエピソードを明かしたのとは対照的に、同じ「曲」でも真凜はフリーの演技で前代未聞ともいうべき曲間違いのハプニングで注目を浴びたからである。
本来ならば昨季と同じ「ラ・ラ・ランド」を選曲していたはずが、このフリーで掛かったのはレディー・ガガの「アイル・ネヴァー・ラブ・アゲイン」。エキシビションで使用する曲を真凜が間違えて提出していたのだ。審判席に行って事情説明すると演技は中断となったが、音源の再提出が間に合わなかったためにやむなくエキシビション用の曲で再開。2週間前に患った右肩脱臼の影響も残る中で3回転トーループを解禁させ、演技を終えた。練習していない曲で即興の技術を駆使しながら乗り切ったのかもしれないが、ブロック大会のフリーで93・66点の5位になった程度のことであって、まったく大騒ぎするような話ではない。
だが、複数のメディアは真凜の選曲ミスをまるで美談であるかのごとく大きく報じていた。これに多くの人たちが違和感を覚えていたのも、当たり前の話である。どういう理由であれ、こんな大事な〝勝負曲〟を間違えて提出してしまうのは失態だろう。強調して言うならば、彼女の場合は「一流」を目指すべき位置にいる人材のはずである。それでいてこのようなミスを犯してしまうとは、本来ならば「緊張感が足りない証拠」と批判されても仕方ない。
もし、これが他の選手であったらメディアに、どのような取り上げられ方をされていたのだろうか。あるいは五輪や国際大会、GPシリーズ、全日本選手権で同じように本田真凜の選曲ミスが起こったとしたら、どう解釈されるのだろうか。おそらく前者は選曲ミスを犯したことについて糾弾される可能性が高いと思う。そして後者の場合は、やっぱり同じように「さすが、真凜だからこその対応力」だとか「本田真凜ならではと言える危機回避能力」などとポジティブにとらえられそうな気がする。
その真凜も妹の望結も確かに今大会の上位18人が進む第46回東日本選手権(11月5日~8日・小瀬スポーツ公園アイスアリーナ)への出場を確定させ、全日本選手権にも望みをつないだ。とはいえ、同じ大会で優勝した永井と同等、いやそれ以上に過剰な形で本田姉妹に脚光を浴びせようとする姿勢にはどうしても賛同できない。7位と12位の本田姉妹ではなく、表彰台に上がった大会優勝の永井、2位の松原星、3位の佐藤伊吹をクローズアップするべきであろう。ちなみに松原と佐藤は真凜と同じ明治大学の学生だ。