2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2020年11月15日

人工光合成と水素エネルギー

 上述のように水から直接、人工的に電子を取り出すことができれば、正しく究極のクリーンな発電になるのですが、そう簡単ではありません。

 植物が光合成を行う過程で、水は酸素と結果的に水素に分解されます。その水素と酸素を使って電気エネルギーを獲得する仕組みが燃料電池です。その原理は今から180 年前に見つけられたのですが、燃料電池の開発が遅れたのは、水素を容易に安価に得る方法と、気体であるがゆえに、その運搬と貯蔵方法が困難だったからです。

 現在、水素は驚くべきことに石油の分解によって製造されており、その運搬・貯蔵について興味深い化学的プロセスがあります。製造された水素ガスを、触媒を使って液体の化合物に変換、その後、運搬し必要な時にその液体から触媒を使って水素を取り出す化学反応が開発され、このプラントは千代田化工建設で稼働しています。ここにも化学の力が活躍しています。

 我が国の未来の電気エネルギーを真剣に考えなければなりません。原発の問題を議論すると、必ず再生可能エネルギーの利用が持ち上がります。無尽蔵の太陽光と無尽蔵の水を使って、ある種の触媒を用いて、常温常圧で簡単に水を酸素と水素に分解する方法を至急に開発する必要があります。

 政府や企業もそこにお金を注ぐべきです。水素と酸素が反応、電気が発生し水が生成する、水はまた簡単に水素と酸素に分解される、このことが実現されれば電気エネルギー問題は解決します。水が循環するだけですから究極の再生可能エネルギーです。水素を燃やす燃料電池による自動車がすでに開発されているので(バスでは、燃料電池バス一台1億円、現在70台が都バスで走っている)、残されているのは水素の獲得・運搬・貯蔵方法です。

 水素社会の構築には水素インフラが不可欠です。これだけ構築された化石燃料のインフラを止めて、予算的制約もある水素インフラをゼロからスタートできるのか、問題もあります。水素ステーションの建設費が高いのは事実ですが、しかし、日本に水素ステーションは2019年12月現在、112ヵ所が開業しています。東京には21ヵ所あります。

 2010年にノーベル化学賞を受賞した米国Purdue大学根岸英一特別教授(専門は有機合成化学、筆者の留学先の研究室の先輩)は、受賞後に真っ先に「人工光合成」開発の重要性を指摘しました。根岸教授の指摘が契機になったのか、「人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)」という国家的プロジェクトも動き出しています。

 そのARPChemと新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、5月29日、信州大学、山口大学、東京大学、産業技術総合研究所と共同で、紫外光領域ながら世界で初めて100%に近い効率で、水を水素と酸素に分解する粉末状の半導体光触媒を開発したと発表しました。紫外光ではなく太陽光を光触媒が吸収し、水を直接、水素と酸素に分解する「人工光合成」技術の実用化が現実的になってきたといえます。

 上記の研究機関は、水から製造する水素と発電所や工場などから排出する二酸化炭素を原料として炭素数が2~4のエチレン、プロピレン、ブテンを合成する方法をすでに研究開発中です。効率の良い「人工光合成」の実現を期待したいところです。

まとめ

 未来のクリーンで現実的なエネルギー獲得方法が完全に見出されていない現時点においては、社会と経済の発展をストップさせることはできず、インフラが整っている火力発電や原子力発電に頼るのが現実的です。しかし、一方で地球環境問題を考えざるを得ず、社会と経済の発展と両立させなければなりません。

 水素によるエネルギー獲得手段は、現状でコスト競争力はないかもしれませんが、今から投資しておくことは、中長期的に我が国にとって大きな財産になるでしょう。上述のように、効率の良い「人工光合成」、水から水素を取り出す方法は実証済みですので、実用化・商用化は2040年以降、2050年までには達成可能ではないかと思います。

 長い道のりです。「カーボンニュートラル」は簡単なことではありません。日本政府の本気度が試されています。

  
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