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2020年11月15日

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和田眞 (わだ・まこと)

徳島大学名誉教授。青山学院大学理工学部化学科卒業、同修士課程修了。東洋醸造(現、旭化成)研究員、東京大学研究生、東京工業大学助手(理学博士)、米国パデュー大学とカリフォルニア工科大学博士研究員を経て、広島大学助手、講師。徳島大学助教授、教授、総合科学部長、2012年3月定年退職。専門は化学(有機合成化学)。

 菅総理大臣は10月26日の就任後初の所信表明演説で、「温室効果ガスの排出量を2050年に実質ゼロ」にすると宣言しました。温室効果ガスには、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O、麻酔に使われる笑気ガス)、フロンガスなども知られていますが、この宣言の温室効果ガスは、勿論、一番問題になっている二酸化炭素(CO2)を指します。

(style-photography/gettyimages)

 日本政府は、今まで「50年までは80%削減」を目標に掲げて、「実質ゼロ」(人工的なCO2排出分から森林吸収分を差し引いてゼロ)に、いつするのか明らかにしていませんでした。しかし、「50年実質ゼロ」を掲げる国はイギリス、ドイツなど120カ国を超え、世界の趨勢に逆らうことができず、今回の宣言で日本もやっと気候変動枠組条約締約国会議(COP)21「パリ協定」のスタートラインに立つことを決断、これで主要7カ国(G7)で残るのは米国だけになりました。しかし、米国も正式にバイデン政権がスタートすればパリ協定に復帰するでしょう。

 欧州連合(EU)と足並みを揃えるのは前進ですが、我が国のエネルギー政策(環境問題と経済の両立など)、電源構成、大量排出業界への対応、ごみ処理問題など難題が山積していて、「実質ゼロ」への道のりは険しいものがあります。本稿では、二酸化炭素削減に向けてどう手を打つべきか、化学で何ができるか、「化学は地球を救う」視点から「人工光合成」にスポットを当てて、地球温暖化ストップを考えたいと思います。

化学は地球を救う 脱炭素から「親炭素」へ

 化学の負の遺産が原因で地球温暖化など環境問題が惹起されたのは事実ですが、一方で、地球を救うのも化学の力です。化石燃料はCO2排出の元凶とは言え、エネルギー獲得そして社会生活と経済を維持するためには、それでも、まだ化石燃料を使わざるを得ません。CO2排出をどう制御あるいはCO2をどう処理するか、「脱炭素」や「低炭素」が叫ばれていますが、CO2を悪玉にしないで、その利用を考える意味から、三菱ケミカルホールディングスの小林喜光会長は「新炭素」を標榜しています。

 CO2の有効利用を考えれば、CO2と親しくする意味から、筆者は「親炭素」と言ってもいいと思っています。排出されるCO2を回収・利用・貯留するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)の試みは経済産業省や資源エネルギー庁が中心になって進められており、その早期の実用化が望まれます。

 化学的には、排出されるCO2を原料にして、種々の炭化水素(メタン、エタン、エチレンなど)、アルコール(メタノール、エタノールなど)、カルボン酸(ギ酸、酢酸、炭素数の多い脂肪酸など)、ポリカーボネート類のポリマーなどの有用化学物質の合成が可能です。これは既存の化学、特に有機合成化学の力を駆使しなければなりません。

 「現代錬金術」と言える手法ですが、「錬炭素術」、「親炭素術」と言ってもいいでしょう。火力発電所などから排出されるCO2を即、有用化学物質に変換できればCO2削減に寄与することは間違いありません。研究レベルでは色々なことが可能ですが、用途や需要、コストなどで実用化に至っているケースは多くありません。

 しかし、アイスランドの Carbon Recycling International (CRI)は、世界初のCO2からのメタノール生産プラントを2012年から稼働しています。同企業が運転しているプラントは、地熱発電由来の電力で水を電気分解した水素と、地熱発電の随伴ガスであるCO2から、メタノールを製造して「Vulcanol」(火山volcanoとアルコールalcoholからの複合名詞)という商品名で売り出しています。

 日本でも、東芝が太陽光発電による水電解から製造した水素と火力発電所の排ガスからのCO2でメタノールを製造する人工光合成(後述)の実証事業を2018年より開始しています。また、三菱系各社は苫小牧にあるCO2回収設備からのCO2と、製油所から発生する副生水素と水電解により発生させた水素を原料として、メタノールを合成するプラントを設置することを想定した調査事業を本年3月より始めています。

 上述のメタノール生産では水素が重要な働きをしています。そこで、次に未来のエネルギー獲得に欠かせない「人工光合成」について解説しましょう。

自然界の光合成に学ぶ「人工光合成」

 小学校・中学校でも習う光合成は、太陽のエネルギーを使って、CO2と水から有機化合物の一種である糖質(デンプン、セルロースなど)と酸素を産生する反応として知られています。しかし、この反応は一つの反応ではなく、複雑な多くの反応が連続して進行する多段階反応です。

 その反応は、太陽の光エネルギーを吸収して化学変化がおこる「明反応」と、その産生物を使ってCO2から糖質を合成する「暗反応」の2つの反応に大別されます。

 明反応のステップでは、光エネルギーによって水が分解し、酸素と水素イオンと電子が生じます。この酸素が大気中に存在する酸素の源ですから、光合成がいかに優れた貴重な反応であるかが分かります。

 さらに重要なことは、明反応の過程で電子を生じていることです。もし、この過程を人工的に再現できれば水から電子を取り出すことができ、これを電気エネルギーとして使うことが可能になります。これが「人工光合成」です。光合成生物は、地球に到達する太陽光の0.1%しか使っていないと言われています。あり余っている太陽エネルギーを人間が使えるエネルギーに変えることが求められています。

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