取締役と執行役員兼務もリスク
「みなし輸出」の疑いに注意
米中対立の激化により、日本の多くの経営者が「踏み絵」を迫られるが、米国の対中政策については「保護主義化」と一括りし、米国の戦略の本質を分析できていない。今後重要なのは「米国か中国か」という単に市場を選択することではなく、変化する各国の経済安全保障政策に正確に従い、連動して動くルールを正確に読み解き、社内デカップリングを行って両国でのビジネスを続けることだ。
それにはグローバル経営から多国籍経営という過去への揺り戻しの変革が必須となる。この30年間、日本企業は輸出、多国籍経営、グローバル経営へと進化を遂げてきた。多国籍経営とは各国の市場に適した製品やサービスを可能な限り現地にサプライチェーンを構築して提供する経営だ。1980年代、日本からの自動車輸出が貿易摩擦を生み、米国の労働者が日本車をハンマーで叩き壊すデモへと発展した。解決策として現地に工場や開発拠点を設けて雇用に貢献する現地化を行った結果が多国籍化であった。
それにより、各国に分散した機能を資源アクセスや生産コストの観点から工場や開発機能を効率的な適地に集約し、ITでシームレスに運営するグローバル経営に行き着いた。これが米中冷戦によって新興技術に関する生産と開発に限り、多国籍経営にまた戻ると捉えることが冷静な見方だ。
問題は多国籍経営の下で社内デカップリングを行う際、旧来の経営理論を抜本的に見直す必要がある点だ。象徴的な問題は「人事」だ。今後は社員に中国への赴任を安易に命ずることは困難になる。コロナ禍を受け、今後中国に出張する日本人は中国政府が指定する医療機関でPCR検査や陰性証明、加えて入国後は携帯電話への追跡アプリのインストールが必須とされ、これまで以上に個人情報を中国政府に把握される可能性がある。中国当局は先端技術を取り扱う日本人を特定し、帰国後もあらゆるネットワークを使って流出リスクを監視する。そんな可能性を念頭に置く必要がある。当然その社員は米国出張が出来なくなろう。
役員の兼務も見直しが必要だ。取締役と執行役員の兼務はリスクが高まる。取締役は株主目線から経営全体の執行を監督すべきであり、執行役員を兼務すると特定事業の詳細な情報に触れるリスクを負う。米中双方の研究開発情報に触れれば、情報漏洩の当事者にされる恐れがある。
日本では最高経営責任者(CEO)と研究開発責任者やデジタルトランスフォーメーション(DX)統括本部長などの役職の兼務は少なくない。米中で執行役員の責任範囲を分断し、米国の情報が担当者を介し中国側に伝わるような「みなし輸出」の疑いを持たれる役職兼務は徹底的に解消すべきだ。
既にある大手エレクトロニクス企業では、役員が米国の住宅事業と中国事業全体の責任者を兼務していたが、家電のAI化を受けて中国の先端技術に触れる可能性があることから、中国事業責任を外した。また、自動車業界のある企業は次世代自動車に携わる米国支部と中国支部の間での社内メールのやり取りを禁止し、担当者の両国間を跨る出張も禁止した。