2024年7月16日(火)

WEDGE REPORT

2021年1月7日

 M&Aにおける事業価値評価や業績評価も影響を受ける。外資による米国企業への直接投資に関して安全保障への影響を審査する、対米外国投資委員会(CFIUS)の規制強化により、買収済み資産への売却命令や売却の差し止めが増えることで、新興技術を取り扱う事業評価やシナジー効果の測定が困難となり、買収後の見込み違いによるのれん代の減損リスクも高まる。

 収益性を図るハードルレート(投資の際に最低限必要な利回り)の考え方も根本的に変化させる必要が出てくる。中国では地方政府が調達しても良いIoT機器の製造企業の外資出資比率を20%に控えさせることなどを記したルール(安可目録)が動き出しているとの報道もある。こうした制度は今後、中国の中央政府や企業にも波及するリスクがあると日本政府は見ている。

 中国の投資家は建国100年マラソンのゴールである2049年に中国が覇権を獲得することをリターンとして期待し、30年スパンという長期で資金を投じてくる。一方、欧米の一般投資家は長くて10年程度だ。中国投資家が80%を有する中国事業の収益割合が高まれば、日本企業が中国と欧米の投資家の期待を全社一括りで捉えることに疑問が生じてくるはずだ。

日本企業が迫られる
「価値表明経営」

 筆者は20年10月、米国政府の高官から「米国政府は中国共産党の行動を変えさせるため企業に対しても自由主義を体現する行動を求める。日本の産業界は追随できるだろうか?」との質問を受けた。

 米国では象徴的な出来事が発生した。19年10月、香港のデモを支持するツイートを米プロバスケットボール協会(NBA)のヒューストン・ロケッツの幹部が行い、中国から激しく抗議された。ナイキは中国の店舗からロケッツ関連グッズを撤去、NBAは発言に距離を置く声明を出した。これにペンス副大統領はナイキとNBAを「社会的良心を捨て置いている」と非難、多くの米国企業が中国共産党への批判だけでなく、米国の価値観を肯定する発言をも封じ込めていると批判した。

 これを想起させる事態は日本企業でもある。それは20年10月、軍事政権への不満でデモが激化し、混乱が生じているタイで起きた。同国に工場を有する日本の大手製造業が従業員に対し、人事部長名の社内文書でデモに参加しないこと、SNSにデモに関するコメントを投稿しないこと、当局の命令を守ることを通知したというのだ。

 通知は社外に流出してSNSで拡散され、その日本企業に対しタイでは「基本的人権を侵害している」、「非人道的な政府を支持している」と非難の声が上がったという。当該企業からすれば、従業員の身を案じ、オペレーションを混乱させないという極めて日本的な発想に基づく判断をしたつもりだが、自由主義の価値観を体現するという観点からは、「権威主義に加担する行為」と捉えるのが米国政府の見方だ。

 中国の権威主義に対抗か迎合かの明示が求められる時代になった。今後、経営者は自社が体現すべき自由民主主義の拡大に貢献する価値表明とは何かを日々問い続けることを新たなミッションにする必要がある。

Wedge1月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。
■取られ続ける技術や土地  日本を守る「盾」を持て
DATA            狙われる機微技術 活発化する「経済安保」めぐる動き        
INTRODUCTION アメリカは本気 経済安保で求められる日本の「覚悟」
PART 1         なぜ中国は技術覇権にこだわるのか 国家戦略を読み解く  
PART 2         狙われる技術大国・日本 官民一体で「営業秘密」を守れ     
PART 3         日本企業の人事制度 米中対立激化で〝大転換〟が必須に 
PART 4     「経済安保」と「研究の自由」 両立に向けた体制整備を急げ   
COLUMN       経済安保は全体戦略の一つ 財政面からも国を守るビジョンを   
PART 5         合法的〟に進む外資土地買収は想像以上 もっと危機感を持て   
PART 6         激変した欧州の「中国観」 日本は独・欧州ともっと手を結べ 
PART 7         世界中に広がる〝親中工作〟 「イデオロギー戦争」の実態とは?
PART 8       「戦略的不可欠性」ある技術を武器に日本の存在感を高めよ         

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

◆Wedge2021年1月号より

 

 

 

 

 

 

 

 


新着記事

»もっと見る