現代への警鐘
これまで繰り返し描かれてきたホロコースを今、あえて描く動機は何だろう。7年前から構想を練ってきたという監督は、現代への警鐘だと言う。
「スロバキアの政治状況も絡んでいます。ナチスのホロコーストをなかったとみなす政党が議席を獲得する時代に私たちは生きています。ヨーロッパの大半も同じ状況で、極右など過激な政党がより支持を得ています。もし私たちがそれを黙認し、過激な人間が大衆に影響を与える力を持つようになれば、歴史の過ちを繰り返すことになります。実際、ヘイトスピーチとみなされる政治家の主張が増えているのです」
アメリカでの黒人差別、アジア人差別など、表面的にしか解決されてこなかった負の現実がコロナ下で露わになっている。監督は、この先の世界をどう見ているのだろう。「差別を食い止める方法があるのだろうか」と問うと、監督は少し考えてこう話した。
「恐怖、不安の中にあると人類は過激な見方を信じてしまいがちです。ポピュリストや過激派がそれを利用して、突然支持され、権力を得るのです。マイノリティーや他の集団をどう扱うかという点で人々は極端になっていきます」
そう踏まえた上で監督はこう続けた。
「不安や恐怖が消えれば、すべては少し落ち着き、正常に戻るでしょう。けれども残念なことに、私たちが今見ているのは、人間は極端な状況には極端に反応するという現実です。まるで遺伝子に組み込まれているかのように。そして、論理的な考え方が突然抑圧され、原始的で本能的な恐怖が人を支配し始めるのです」
恐怖や不安が社会を支配する。そんな現状にコロナが拍車をかけたとすれば、本当の要因は何なのか。そう問うと監督は「うーん」と少し考え込んだ。
「人類の危機には経済危機もあるし、難民危機もそうです。ヨーロッパには、難民が来てイスラム化が進み欧州文化全体を呑み込んでしまう恐怖感があります。ナチズムがドイツで権力の座についたときと似通っていていて、そのときも経済危機の中でドイツ人は第一次大戦後で敗れた自分たちへの扱いが不当だと感じていました。それと同じことがこういう危機下に起こり得るのです」
監督の映画は実にリアルである。登場人物たちが抱える飢え、恐怖、不安がいつの間にか見ている私たちに乗り移るかのようだ。
「強制収容所のあらゆる細部を探究しました。日課はどんなものだったか。どんな食事が与えられたのか。朝はお茶だけで昼はスープ、夕方は小さなパン切れ。このような情報すべてを私たちはアウシュヴィッツから、アーカイブから、歴史家から得て、蓄積していったのです。冬の季節に映画を撮ったので、俳優たちは凍え、基本的には当時と同じ環境でした。現実にそこに立っていた人々の寒さに比べれば大したものではありませんが、少なくとも彼らが経験した真の恐怖を想像することはできました」
自分たちを、自分たちの子孫を同じ状況に追い込んではならない。理屈ではなく、肌でそう感じさせる作品と言える。
映画は7月30日(金)、新宿武蔵野館ほか全国で順次公開される。
監督・脚本:ペテル・べブヤク 共同脚本:トマーシュ・ボムビク 製作:ラスト・シェスターク
出演:ノエル・ツツォル、ペテル・オンドレイチカ、ジョン・ハナーほか
2020年/94分/カラー/シネスコ/5.1ch /PG12/英・チェコ・ポーランド・スロバキア・ドイツ語/スロバキア・チェコ・独
原題:Správa 英題:The Auschwitz Report 日本語字幕:川又勝利 後援:スロバキア大使館
配給:STAR CHANNEL MOVIES
■コピーライト
©D.N.A., s.r.o., Evolution Films, s.r.o., Ostlicht Filmproduktion GmbH, Rozhlas a televízia Slovenska, Česká televize 2021
■公式サイト
auschwitz-report.com
■公開表記
7月30日(金)、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
■レーティング
PG12
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