2024年4月19日(金)

Washington Files

2021年7月26日

3. 国論分断

 彼は、大統領就任前から伝播させてきた特異な主張、すなわち「トランピズムTrumpism」をホワイトハウス入りしてからもトーンダウンさせるどころか、政策に反映させ、国論の分断に拍車をかけてきた。

 「トランピズム」とは、反移民主義、極端な保護貿易主義、政府・官僚機構無視、反エリート主義、デマゴーグ主義などを特徴とし、多くの低学歴労働者、農民層の支持をベースにしてきた。

 そのこと自体を打ち消すべきではないが、問題は、大統領の立場で、事実と異なる虚言を繰り返し、国民世論を混乱に陥れたことだった。本人が在任中にツイッターなどを通じ発したあからさま虚言や不正確な発言回数は、実に3万573回(ワシントン・ポスト紙調査)にも達した。

 その結果、トランピズムの代弁者と評されてきたFox Newテレビなどの影響もあり、国民の半数近くが、歪曲された現実を受け入れてきた。

 その一つが、昨年11月大統領選挙の「大規模不正」説であり、今なお、共和党支持者の6割が「トランプ再選」を信じているほか、連邦議会共和党下院議員の実に7割が「大統領選挙は奪取された」と主張し続けている。

 さらに、コロナ感染対策についても、多くの支持者が大統領在任中のトランプ言動を信じ切り、マスク着用を頑固に拒否し続けてきたため、南部を中心にデルタ変異種の感染が再び広がり始めている。

 つい最近では、ワクチン接種についても、トランプ支持州を中心に、接種の徹底を呼びかけるバイデン政権のPR作戦を「個人の自由の侵害」だとして頑固に反対する動きが広がりつつある。彼を支持する右翼団体は、バイデン政権が軍施設や大規模公共施設にも協力を呼びかけ、ワクチン接種の徹底策を打ち出したことに対し「ナチズムを想起させる暴政」との極論を展開するなど、国論の分断に拍車をかけさせている。

 前大統領の主張に“囚われの身”となったかたちの野党共和党は、民主党政権が打ち出す政策や法案にことごとく反対、一国としてのまとまりのある政治が機能マヒ状態に陥っている。その責任の大半が、彼個人の言動にあることは否定できない。

4. 自由主義世界の弱体化

 ロシア情報機関の選挙介入の手助けで大統領になったともいわれる彼は、プーチン政権による反体制派弾圧やウクライナに対する強圧的干渉を黙認し続けてきた。独裁国家北朝鮮の金正恩総書記とは、なりふり構わず3度にわたる首脳会談に臨み、親交ぶりをアピールした。3回目の会談の際は、「独裁国家の国際的認知につながる」として歴代政権が回避してきた、大統領としての北朝鮮入りまで強行、国際的にも物議をかもした。

 その一方で、米欧関係の伝統的基軸ともいうべきNATO(北大西洋条約機構)に対しては、「防衛ただ乗り」論に立った批判を繰り返し、加盟諸国首脳との信頼関係にまで亀裂を生じさせた。一時は側近に「NATOからの米国離脱」意向まで伝えるなど、欧州諸国の対米不信は頂点を極めた。

 急速な経済成長と軍備拡張によりグローバルな脅威となりつつある中国を相手に、役割がより一層重視されているG7サミットにおいても、独断専行ぶりが目立ち、共同宣言への署名を拒否するなど、結束の乱れを露呈させた。

 アジアにおいては、アメリカにとって安全保障上の要であり、緊要な同盟関係にある日韓両国に対しても、NATO同様に、法外な防衛分担を要求、とくに韓国に対しては、「同盟関係の清算」を示唆する発言を繰り返した。

 アジアとの関連で、彼が犯した最大の過ちは、TPP(環太平洋パートナーシップ)からの米国離脱だろう。もともと、TPPは米国主導で拡大交渉がスタートしたが、その主な狙いは、21世紀における中国のグローバル・プレゼンス拡大を見据え、成長著しいアジア圏における自由主義諸国間の貿易拡大と繁栄の促進にあった。一方で、中国はその間隙を縫って新規加盟に意欲を示している。いったん離脱した米国が再加盟することは容易ではないだけに、代わって中国加盟が実現した場合、今後、米国の対アジア戦略に与えるダメージはさらに甚大なものとなりかねない。

 専制主義的体質の目立つ中国を相手に、自由民主主義の価値観を共有する諸国間の結束が急務となりつつあるときに、あえて混乱の火種となった米大統領としての責任は厳しく問われる必要がある。


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