先月、ジュネーブで開催された米露首脳会談で、サイバー攻撃問題に関連し異例ともいえる緊迫した場面があった。バイデン大統領がプーチン大統領を前に直接、米国内の具体的な重要インフラ分野を列挙、ロシアからの攻撃を受けた場合の確固たる報復姿勢を示したからだった。プーチン氏の反応は―。
バイデン大統領は首脳会談終了後の記者会見で、ロシアによるサイバー攻撃から「オフ・リミット」とすべき米国内の「決定的に重要なインフラ」として、16分野を列挙したことを自ら明らかにした。
Fox Businessテレビが伝えたところによると、「16分野」は、エネルギー、水道、保健、非常体制、化学、原子力、通信、政府機関、国防、食糧、商業施設、IT、交通、ダム、製造・生産施設、金融サービスを意味している。
大統領は「これらインフラ分野のサイバー・セキュリティに関し、双方で何らかの秩序をもたらすための取り決めができないかどうか、今後話し合うことになるだろう」とも語った。
さらに、記者団側が「今後、ロシア側からサイバー攻撃を受けた場合、軍事的報復はあり得るのか?」と詰め寄ったのに対し、大統領は即答せず、いったんはその場を立ち去ろうとした。しかし、数分後、場所を移動しつつ「自分から軍事的威嚇のようなことは言わなかった。明快なわが方の主張をした」と付け加えた。
しかし、大統領自身の説明によると2人の間で、こんな場面もあったという:
バイデン氏「(プーチン氏の顔を見つめ)貴国内の油田からつながっているパイプラインがランサムウェア(身代金を要求する脅迫コンピューター・ウイルス)にやられてしまったとしたら、貴殿はどう思いますか?」
プーチン氏「それは問題です」
バイデン氏「だから、サイバー攻撃は、米側の一方的利害への影響だけで済む問題ではない……お互いの国内を起点として悪行を働く犯罪者たちは、双方で厳しく取り締まる必要がある」
このやりとりから、バイデン氏はプーチン氏に対し、「軍事的報復」という表現は避けたものの、サイバー攻撃には“目には目を”の相応の報復用意があることを明確に伝えたことが浮き彫りにされた。
また、バイデン氏が会談の中で1例として引き合いに出した「パイプライン・ランサムウェア」とはいうまでもなく、去る5月6~12日にかけて、テキサスに本部を置く米国最大のガソリン・パイプライン会社「Colonial Pipeline」のソフトウェアがサイバー攻撃にあい、機能回復と引き換えに440万ドルの身代金支払いを強いられた事件をさしたものだ。
同事件は、米国の石油インフラをターゲットにしたサイバー攻撃としては、「史上最大規模」となり、マルウェアの侵入により、本社からシカゴ、ニューヨーク、ピッツバーグなどの大都市を抱える中西部、北東部諸州にわたるガソリンおよびジェット燃料輸送が完全ストップ、一時は長距離運送、航空業界にまで大きな影響が出る事態となった。
この事件では、FBI専門班が捜査に乗り出した結果、ロシア国内で活動を続けるネット犯罪グループとして知られる「DarkSide」の犯行であることが突き止められたという。
さらにその後、去る6月1日、今度は世界最大規模を誇る米国の食肉処理会社「JBS」本社コンピューター・システムがサイバー攻撃を受け、米国内のみならず、オーストラリア、カナダの処理工場も操業ストップ、1万人近い従業員たちが作業できなくなった。
1日後には、会社側が1100万ドルにおよぶ身代金を支払った結果、大半の情報処理機能は回復したが、事件処理に関わったFBIは声明を発表「ロシア国内で活動する別の犯罪組織『REvil』および『Sodinokibi』2グループによる犯行」だったと述べた。
上記2件の犯行とも、今のところ、ロシア情報機関が直接関与した形跡はないものの、いずれもロシア人グループが短期間の間にアメリカ国内の重要インフラを攻撃対象とした犯罪であっただけに、ホワイトハウスとしても事態を重視、放置すれば、同様の犯罪を連鎖反応的に誘発しかねないとして、あえてプーチン大統領との会談で直接、サイバー攻撃問題を急遽取り上げることになったものだ。
しかし、ロシアによる対米サイバー攻撃、かく乱行為は、最近にかぎったものではない。ロシア情報機関によるさまざまな対米干渉は、トランプ前政権当時からエスカレートしつつあった。その最たるものが、2016年米大統領選におけるロシアの直接介入工作だ。
この選挙介入により、当初は有利な選挙戦を展開していたヒラリー・クリントン民主党候補は土壇場で敗退、プーチン大統領の“意中の人”トランプ共和党候補が勝利を収める意外な展開となった。