2022年11月27日(日)

WEDGE REPORT

2021年8月5日

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佐々木正明 (ささき・まさあき)

ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

1971年岩手県生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業後、産経新聞社に入社、大阪社会部、モスクワ支局長、リオデジャネイロ支局長、運動部次長、社会部次長を歴任。特派員として五輪・パラリンピックやサッカーW杯を取材した。2021年春から現職。著書に『恐怖の環境テロリスト』(新潮新書)、『シー・シェパードの正体』(扶桑社新書)。

「精神的状態」を理由に欠場を発表

 翌日、状況は急転直下する。米CNNなどによると、ツィマノウスカヤさんにはこの投稿を削除するよう、チーム関係者から「脅し」をかけられ、さらに「この問題はもはや(陸上競技)連盟のレベルでも、スポーツ省のレベルでもなくなり、もっと高いレベルの問題になった」「(ツィマノウスカヤさんを)オリンピックから排除して帰国させなければならない。なぜならチーム競技の妨げになるからだと告げられた」のだという。

 8月1日、ベラルーシ・オリンピック委員会は同行医師による「(彼女の)感情的、精神的状態」の診断を理由に、200メートルと4×400メートルリレーの欠場を発表。ここでツィマノウスカヤさんの東京五輪への出場は断たれた。「私には、健康問題もトラウマも精神的な問題もない。走る準備ができていた」と反論する意向を無視し、彼女に帰国するよう指示した。

 1日夜、ツィマノウスカヤさんは再び、SNSでメッセージを流す。「私は圧力をかけられた。彼らは同意なく、強制的に私をこの国から出国させようとしている。国際オリンピック委員会(IOC)に介入を求める」と訴え、経由帰国便への搭乗を余儀なくされた羽田空港で警察官に保護を求め、政治亡命を申請。スポーツ選手難民を支援しているIOCや、ベラルーシの人権問題に制裁措置を科している欧州連合(EU)諸国がすぐに動き、ツィマノウスカヤさんはルカシェンコ政権から逃れた人たちが多く、国家の支援体制が整っているポーランドへの亡命を決めた。

 ツィマノウスカヤさんは昨夏、ルカシェンコ政権が徹底的に抗議デモを弾圧したことに、他の若い陸上仲間たちとともに反対する意見を表明していた。

 インスタグラムでの声明には「私たちは国家の側につけない。私たちは市民や仲間、同僚や友人たちに向けられた弾圧をこれ以上、容認することはできない」「私たちは表現の自由を求める。ベラルーシのどの市民にも自分の意見を表明する権利はあると考える。私たちは弾圧のない世界を求める」とメッセージが記された。

 しかし、東京での動きに順応し、ベラルーシから隣国ウクライナへ逃れた夫のアルセーニーさんが「私たちはこれまで反体制派といかなる関係ももったことはない。ただ単に私たちはアスリートであり、スポーツに打ち込んでいただけだ」と語っていたように、ツィマノウスカヤさんは政治運動に積極的に関わっていたわけではなかった。

 ツィマノウスカヤさんはワルシャワに行く前に東京の報道陣に対して「私はこれまでに一度限りとも政治に介入したこともないし、政治について何かを語ったりしたこともない。選手たちに何の相談もなく、リレーへの構成メンバーを決めたコーチ陣のハラスメントをあきらかにしただけだ」と語っている。

ベラルーシ国内からは酷評の嵐

 一方、ベラルーシ国内では、ルカシェンコ大統領に忖度した側近や国営メディアが誹謗中傷キャンペーンを展開していた。強制送還され、監獄に入れられることを恐れたツィマノウスカヤさんが政治亡命を求めるのも無理はない。

 ベラルーシの反体制派メディアのジャーナリスト、タデウシュ・ギチャン氏は自身のツイートで、ベラルーシの政権派「ジャーナリスト」からツィマノウスカヤさんに対して、「クソ野郎が」「売女め」「殺す時が来た」などとのメッセージが寄せられていることを明らかにしている。

 国営メディアCTBによると、ベラルーシ議会代表者院(下院に相当)議員のビターリ・ウトキン氏は「彼女の行為は裏切りであり、卑劣なふるまいだ」とコメント。「これはベラルーシで起こっていることを念頭に入れた、あらかじめ仕組まれた政治的な行動の可能性がある」とチマノウスカヤさんを酷評した。

 1992年バルセロナ大会で旧ソ連合同チーム(EUN)の一員としてカヌー競技で金メダルを獲得、現在はベラルーシの国会議員を務めるアレクサンドル・マセイコフ氏もツィマノウスカヤさんを批判している。ロシア国営通信に対して「彼女はオリンピックに闘いに行ったのではなく、自身の立場を表明にしに行ったのだ。何かしらの自分のプランがあって、自分に関心を惹きつけるようにする必要があったのだ」と亡命希望をもともと抱いて行動に移したに過ぎないとの自説を展開した。

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