サムライ弁護士の一刀両断

2021年7月30日

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2020東京五輪開会式(PA Images/アフロ)

 新型コロナウィルスの影響により1年遅れで開催された東京オリンピックは、開催に至るまで様々な場面で混乱が続いた。特に開会式の直前になって、開会式制作の重要なポジションにいる担当者が過去の不祥事を理由に相次いで辞任や解任されたことは、それを象徴するような出来事となった。

 そのうち一人は、雑誌のインタビューで身体障害者に対するいじめを面白おかしく語っていた記事が問題視されたもので、もう一人はホロコーストを揶揄したとも受け取れるコントの内容が問題視された。いずれの記事・コントも、いじめや虐待、差別などの人権にかかわるセンシティブな問題に関わるものであり、オリンピックが掲げる共生社会の実現といった精神との関係で、適格性が疑問視されたものだろう。

 オリンピック開会式の制作担当者に期待される役割や社会的地位からすると、差別や人権軽視などのオリンピックの精神と相反する発言や行動は、過去の出来事であっても公表され、担当者としての適格性評価の対象とされるのも当然のことだと考えられる。

法的責任を問うことは難しい

 もっとも、問題視されたのはどちらも20年以上前の記事やコントの内容である。これらについてはどちらも法的な責任を問うことは既に難しいだろう。

 いじめについては、仮に記事通りの事実があったのであれば、民事上の損害賠償責任が問われる可能性があり、刑事でも傷害罪が適用される可能性もある。しかし、そもそも記事通りの事実があったのかは今になっては分からない。いずれにしても消滅時効は不法行為の時から最大20年、傷害罪の刑法上の公訴時効期間は7年(いずれも行為がなされた時点の法律)であり、ともに経過していると思われるため、現時点で民事・刑事の責任を問うことは難しいだろう。

 また、コントに関しては民法上の不法行為にあたる可能性は低く、刑事罰の対象となる行為でもないため法的な責任を問われる性質のものではないと思われる。

 このように、法的な責任を問うことができない過去の出来事について、後になって公表されて批判の対象とされるのは、本人たちは思ってもみなかったことかもしれない。

過去の出来事について「忘れられる権利」とは

 これについては、過去の不祥事や不名誉を公表することが、個人の名誉権やプライバシー権などの面で問題とされる場合がある。

 インターネットとの関係でいえば、以前からヨーロッパを中心に自分自身の個人情報をインターネット上から削除することを法的な権利と位置づける動きがあり、欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)でも「忘れられる権利」として条文化されている。

 日本の裁判例でも、個人の過去の前科に触れた雑誌の記事がプライバシー侵害にあたるとする判決(最高裁1997年6月28日判決など)や、前科に関する記事をインターネットの検索結果から削除することを求めた裁判で、結論としては削除を認めなかったものの一定の場合には削除が認められる場合があると判断したもの(最高裁2017年1月31日判決)もある。

 このように過去の不祥事を暴露されることが、プライバシー権などの関係で違法とされることは、場合によってあり得る。

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