社会の「困った」に寄り添う行動経済学

2021年10月9日

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佐々木周作 (ささき・しゅうさく)

東北学院大学経済学部准教授

東北学院大学経済学部准教授。博士(経済学、大阪大学)。専門は行動経済学・実験経済学。三菱東京UFJ銀行・京都大学特定講師等を経て現職。一般向け書籍に『今日から使える行動経済学』(ナツメ社)等がある。
 

企業の人事部で「確定拠出年金」制度を担当している、本日の困ったさん。人生100年時代に備え、社員の将来計画をサポートしてあげたいが……。
イラストレーション=石野点子 Tenko Ishino

困ったさん:企業型確定拠出年金(以下、企業型DC)の制度担当をしています。企業が掛金を毎月積み立て、将来に備えて従業員の老後資産を蓄えられる良い制度だと思うのですが、なかなか加入率が上がりません。

佐々木先生:「将来のため計画的に資産形成する必要がある」と頭では理解している一方で、今すぐ始めるかと言われると先延ばししてしまう人も多いですよね。人には、将来よりも現在を重視する傾向があるからです。そのため、資産形成で豊かになった将来よりも、月々の支払いなど、今すぐ発生する損失に目が行きがちです。

困ったさん:たしかに、若い社員に「未来の自分のために」と伝えてもあまりピンと来ないようです。仕組みや伝え方を工夫することで企業型DCの加入率を上げられないでしょうか。

佐々木先生:一番効果的な方法は「加入した状態」を初期設定にして、離脱したい場合に申請してもらう〝オプトアウト方式〟を採用することです。「加入しない状態」が初期設定の〝オプトイン方式〟だと、加入したい人でも申請の手続きを面倒に感じて、加入しない可能性が高まるからです。

 ある米国の企業の従業員1万人以上を対象にした研究によると、オプトアウト方式での年金加入率は導入直後で既に90%になり、3年後には98%に達しますが、オプトイン方式だと当初は20%で、3年後でも65%の水準だったそうです。

困ったさん:オプトアウト方式は、開始直後のみならず最終的な加入率も高めるんですね。ただ、制度設定自体の変更は少しハードルが高そうです……。

佐々木先生:発信の仕方を工夫してみましょう。単純に「加入しましょう」とだけ働きかけるのではなくて、「『加入する』『加入しない』のどちらなのかを決断しましょう」という働きかけに効果が見込めます。

「本当に『加入しない』という選択を自分が取るのかどうか」を真剣に考える必要がある状況を作ることで、決断の先延ばしを防げるのです。

困ったさん:それならすぐにできそうです!

佐々木先生:このように、単純な情報提供にちょっとした工夫を上乗せすることも、社員の計画的な資産形成の後押しに効果的ですよ。

 ひとくちメモ   月々の拠出額を上げるには
 企業型DCに加入しても、低い拠出額のままだと老後の暮らしには少し心許ないかもしれない。将来にとって十分な水準まで拠出額を引き上げることも重要だ。
 米経済学者のリチャード・セイラーは、将来の昇給時に拠出額を引き上げるプログラムが有効だと述べている。
 拠出額を今すぐ引き上げることには抵抗感を示しても、将来の昇給した時点なら良いかと考える人が多いのだろう。
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Wedge 2021年10月号より
人をすり減らす経営は もうやめよう
人をすり減らす経営は もうやめよう

日本企業の“保守的経営”が際立ち、先進国唯一ともいえる異常事態が続く。人材や設備への投資を怠り、価格転嫁せずに安売りを続け、従業員給与も上昇しない。また、ロスジェネ世代は明るい展望も見出せず、高齢化も進む……。「人をすり減らす」経営はもう限界だ。経営者は自身の決断が国民生活ひいては、日本経済の再生にもつながることを自覚し、一歩前に踏み出すときだ。

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