2024年4月20日(土)

社会の「困った」に寄り添う行動経済学

2021年8月13日

仕事の効率化を促す技術の職場導入に悩む、本日の困ったさん。うまく順応できない人を後押しして、新技術をいち早く浸透させるには……。
イラストレーション=石野点子 Tenko Ishino

 先月、社内システムを一新するとともに、新システムに対応するタブレット端末も社員に1人1台配布しましたが、どうやらまだ普及していないようなんです。社内ヒアリングによれば、旧システムのやり方を残していたり、上司の意向で紙の文化が残っていたりする部署があるようです。

 

 同じ会社に、新システムを使用する人と旧システムを使用する人が併存すると、全員が旧システムだけを使用していた頃に比べて、非効率になってしまうことがあります。 

 

 なぜ、そういったことが起こってしまうのでしょうか。 

 

 人には「現状維持バイアス」があり、現状を好むあまり変化を嫌う傾向があるからです。今回のケースでは、慣れた旧システムを変更したくない気持ちがそれに当たります。

 そう考える社員も、使い始めれば新システムの便利さをきっと分かってくれると思うのですが……。何か良いアイデアはありませんか? 

 開発途上国の人の技術受容を促すための行動経済学の工夫が参考になります。先進国の技術を途上国に輸出して、現地の人々の暮らしに取り入れてもらうときにも、同じハードルが出現します。

 アフリカのマリ共和国で新しい〝調理器具〟の普及を試みた実験では、まず現地の女性を調理器具の講習会に招待するとともに、ランダムに他の参加者の購入情報を提供しました。

 親しい友人や知人の購入情報が提供された人はそのままスムーズに購入に至り、逆に自分の知らない人の情報が提供された人はより頼りになる情報を求めて購入の意思決定を遅らせた、という結果が報告されています。 

 同じ年代の同僚や注目している社員がすでに使いこなしていることを知れば、技術を取り入れるハードルが下がるかもしれませんね。 

 その通りです! 

 コロナ禍では新しい生活様式が次々に提案されています。そのような状況下でも、スムーズに順応できた人の情報をうまく可視化することは、なかなか順応できない人の背中を押すことにつながります。

  ひとくちメモ    現状維持バイアス 
 人は誰しも、未知のものや変化を避けて、現状を維持したいという心理的な傾向を持っている。
 背景に損失回避という行動経済学の特性がある。「同じ100円でも、拾ったときの嬉しさより落としたときの悲しさの方が大きい」というように、人は損失に対して敏感だ。これまでの習慣を止めることは、客観的に想像される以上の喪失感を生む。それが現状維持バイアスにつながっている。
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 膨張続ける都市の未来

Part 1 
新型コロナでも止められぬ東京一極集中を生かす政策を 佐藤泰裕(東京大学大学院経済学研究科教授)
Part 2 
人口高齢化と建物老朽化 二つの〝老い〟をどう乗り越えるか 中川雅之(日本大学経済学部教授)
COLUMN 
〝住まい〟から始まる未来 一人でも安心して暮らせる街に 編集部
Part 3 
増加する高齢者と医療需要 地域一帯在宅ケアで解決を 編集部
Part 4 
量から質の時代へ 保育園整備に訪れた〝転換点〟 
編集部
CHRONICLE 
ワンイシューや人気投票になりがちな東京都知事選挙 編集部
Part 5 
複雑極まる都区制度 権限の〝奪い合い〟の議論に終止符を 編集部
Part 6 
財源格差広がる23区 将来を見据えた分配機能を備えよ 土居丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)
Part 7 
権限移譲の争いやめ 都区は未来に備えた体制整備を 伊藤正次(東京都立大学大学院法学政治学研究科教授)
 

   
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あなたの知らない東京問題
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東京と言えば、五輪やコロナばかりがクローズアップされるが、問題はそれだけではない。

一極集中が今後も加速する中、高齢化と建物の老朽化という危機に直面するだけでなく、

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「東京問題」は静かに、しかし、確実に深刻化している。打開策はあるのか─。


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