2023年1月27日(金)

Wedge REPORT

2012年12月21日

»著者プロフィール
著者
閉じる

島澤 諭 (しまさわ・まなぶ)

関東学院大学経済学部教授

富山県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。15年4月から中部圏社会経済研究所研究部長を経て、22年4月より現職。

 棄権を問題視する方々は意外に思われるかもしれないが、必ずしも棄権は責められる行為ではなく、合理的な場合もあり得る。

 まず、棄権に積極的な意義を見出そうとする立場では、投票するか棄権するかは個人の自由意思に基づくと考え、投票も棄権もどちらも等しく当該個人の意見表明であるとみなす。要は、棄権者は投票しない自由を行使しただけであり、その行為について他者が兎や角言う立場にはない。ましてや、投票率の高低になんらかの社会的意味付けを行うことはできなくなる。

 次に、「良い棄権」と「悪い棄権」である。つまり、一般的に、すべての人が強制的に投票させられる場合に実現する結果と同じことが、多くの有権者が棄権する時にも生じるとすれば、それは良い棄権と言える。例えば、地方の首長選における与野党相乗り候補者と独立系候補者の一騎打ちの場合、選挙結果がかなりハッキリしているので投票率が低くなる、逆に言えば棄権率が高くなるような状況を指す。

 いま、棄権者と投票者の政党に対する選好の分布が全く同一の場合、棄権は問題にはならない。つまり、投票者の投票先政党支持割合が、例えば、A党50%、B党30%、C党20%であり、棄権者のそれも投票者と同じである場合には、棄権者が仮に投票したとしても、選挙結果に全く変わりはないからだ。この場合は、自分の意見表明を他者に託す消極的な投票行動、もしくは、ただ乗り的棄権であり、「良い棄権」と言えるかもしれない。

 しかし、棄権者の選好が投票者のそれと異なるにもかかわらずなされる棄権は問題にされるべきである。

 例えば、いま有権者が100人いて、投票率が60%、棄権率が40%であり、投票者の政党支持率はA党50%、B党30%、C党20%、棄権者のそれはA党10%、B党50%、C党40%であるとする。この場合、通常と同じく投票者だけの票数で選挙結果を考えれば、A党30票、B党18票、C党12票の順となる。しかし、棄権者がすべて投票に回るとすれば、A党4票、B党20票、C党16票が新たに各政党に割り振られることになり、選挙結果はA党34票、B党38票、C党28票となり、第1党と第2党の座が入れ替わってしまう。

 こうした事態を防ぎ、国民の真の選好を明らかにするために、棄権者の投票意欲を阻害、喪失させている要因を検討し取り除く努力が必要になる。このような棄権は「悪い棄権」と言える。

編集部おすすめの関連記事

新着記事

»もっと見る