さて、それの最たる例であり、軍事観点で分かりやすい状況を示してくれるのが、今回取り上げる『ヒストリエ』(岩明均、講談社)だ。
筆者がベスト・オブ・マンガに挙げるものの一つに『寄生獣』という作品があるが、その同作者が現在も連載中なのが本作である。
作中の、第4巻の30話。巨大な街から攻め入れられそうな、主人公の滞在する村に対して、相手方の権力者でもある人格者が、和平交渉に来てくれた。村人たちはこれに対して、「大変ありがたい話だが断る」と追い返した。
それを後から聞いた主人公は、「どうしてその際、人質に取ってしまわなかったのか?」「これをダシにすればいくらでも強気の交渉ができたたろう」と諭す。
このように、状況をより高次元から俯瞰して見て、常識に縛られない、結果としてエゲツないアイデアまで出せるのが、メタ認知の分かりやすい実態である。
アレキサンダー大王の参謀
ヒストリエでは、稀代の戦略家たる主人公エウメネス(アレキサンダー大王の参謀となった人物)が、このようにいかんなく「メタ認知」能力を発揮しさまざまな障害を乗り越えるシーンが多々、記述されている。
見どころとしては第1巻第4話「故郷カルディア」において、カルディア市の城壁をいかに乗り越えるかのシーンや、第4巻31話からの一連の流れで、なぜ規模の小さい弱小の村が強固な軍隊を「村人を一人も死なせず」返り討ちできたかのシーンに、ありありと描かれている。
ぜひ実際に手に取って、確かめてみていただきたいところだ。現実は残酷であり、ロシアーウクライナ間の現状のように、いつ恒久と思われた平和が崩されるとも限らない。
企業間の活動においても、ビジネスとは戦争であり、ビジョンの実現を最優先するなら四の五の言っていられないのだ、という前提を再認識すべきである。ぜひ自社や、自身の担うビジネスの状況も「メタ認知」し、常識に縛られない自由な発想で本質的な戦略論を検討してみていただきたい。
実は本連載でたびたび述べている「成人発達理論」における、人の成熟とは新たな視点を得ていくことの繰り返しである、という点についても全く同じことが言えるわけだ。
自分の感情や認識をメタ認知することで、それまでの固定観念に縛られない新たな視点を得て、人は生涯に渡って成長していく。高度なメタ認知能力を持ち合わせた人ほど、器が大きく大人っぽい様相を呈している傾向にあるのはこれが理由だ。だが同時に、「世捨て人」「厭世感を持った流れ者」的な雰囲気を漂わせることも多い。
これは、世の一般感覚や常識を全てメタ認知できてしまうため、「そんなことにさしたる意味はない」「世で良いとされている基準も絶対ではない」とまで俯瞰して理解できてしまい、全てにおいて意義なく感じて、やる気がなくなってしまうからである。まさに本作のエウメネスにおいても、そのような気質が見て取れる。
ここに倫理観が欠如すると、大犯罪者になる可能性もある。よってその高度なメタ認知能力を正しく活かすためには、高尚な倫理観と、そして何より、自分の行動を下支えする強い「信念」が必要になる。
成人発達理論はここまでを踏み込んで説明してくれているため、やはり大変オススメなのだが、そこまで語るのはまた別の機会として筆を置くこととする。