2024年12月23日(月)

MANGAの道は世界に通ず

2022年3月27日

 息をつかせぬ怒涛の展開、毎巻ごとにクライマックス、『スラムダンク』(井上雄彦、集英社)以来の衝撃……。そんなことを感じさせるのが、現代最高峰のサッカー漫画『アオアシ』(小林有吾、監修・飯塚健司、小学館)だ。本連載でも、合理的に思考する現代では、科学的なスポーツ漫画が増えてきた旨を紹介した。本作はその最高潮だ。

 「超」リアルに現代サッカーを描き出し、さらに発達心理学に基づいた、人の変容と成長を「具体的に」描く。筆者がまさに読者の皆さんに、本作品を通して学んでいただきたいのはここだ。

 実は近年、発達心理学をベースとした「成人発達理論」というものが、急速に広がってきている。これは2001年にロバート・キーガン氏が『自己変革の心理学』という論文を発表したところから始まり、その元祖たる米国では、大企業の経営や人材開発といった分野でかなり利用されているのだ。

 そしてようやく近年、日本でも邦訳が出始め、徐々にその価値の認識が進み始めている(ただしまだまだごく一部の、アーリーアダプターのみに知られているという状況だ)。この成人発達理論、広がっている理由はその内容の本質さゆえだ。

「知性は大人になっても発達する」

「本当の知性とはIQや情報処理能力といったものではない」

「知性が高ければ良いわけではなく、環境によって適した知性の違いがある。決して優劣を付けるものではない」

 といったことを描いており非常に有用だ。そして最も重要なのが、では知性の発達とはそもそも何なのかというと、「新たな視点の獲得」である、ということだ。

主体の客体化とは何か?

 実は知性の発達とは、それまでに自分を固定化していた、価値観や考え方といったものを客観視して、それが本当に正しいか疑い、新たな視点が出てきた際に素直に受け入れることを指すのだ。

 これを「主体の客体化」と呼ぶ。それまでの自分を敢えて否定し、新たな思考様式を獲得するのだ。これにより、多様な視点を得ていくことが可能となり、あらゆる状況でさまざまなことを吸収し、柔軟な対応力を身につけることができるようになる。

 まさにアオアシでは、このようなシーンが連続し、高校生たちが「成熟」していく姿を見ることができる。具体的な例を挙げていこう。

 まず代表となるのが、主人公の青井葦人(アオイアシト。これを略して「アオアシ」と言っている)。彼は愛媛県出身の、地元チームの点取り屋、まさにエースだったのだが、世界一のFW(ストライカー)になるという夢を抱えて東京のユースチームに上京したところ、なんと衝撃的に「DF(ディフェンダー)に転向しろ」と告げられる。

 それまでの自分を規定していた、「自分はFWでないとならない」「点取り屋でないと価値がない」という、成人発達理論でいう「固定された思考様式」を、まさに否定された瞬間だ。それまでの自分を強く縛り付けていたがゆえ、いきなりここから解放されるわけではない。

FW からDFへの移動で得られるもの

 ここから長きに渡って、DFという「新たな視点(レンズともいう)」を身につけていく旅路が始まっていく。本作品の凄いところは、幾度も幾度も、チームメイトの各選手が、このように「自己否定し、新たな視点を身につける」を繰り返して成長していく姿を描くところだ。

 例えば、第52話。「自分が自分が」と点を取りに行っていたアシトが、初めて、「チームメイトの考え」を見るようになる。他者の視点の獲得だ。これにより連携プレーが可能になり、レベルの高い環境下で初めての得点が可能になった。

 69話。DFに無理やり転向させられたアシトが、チームの足を引っ張り続ける。悩みに悩んだ上、「サイドバックは俺の場所じゃねえ」「それはもう、分かった。分かったから、迷惑をかけるな、仲間に」と自問自答するシーン。まさに「内省」だ。

 その上でどのようにすべきか考え、光るプレーが可能となった。自分の価値観を客観視する、このような内省の機会こそが、新たな視点の獲得になるのだ。

 70話。スポンサーの娘である杏里に焦点が当たる。

 「サイドバックはあくまで補佐、偉いのは中央。無意識にそうやって決めつけていると、説明されても入ってこなくて、色々もったいないと思うぞ」と諭されるのだ。

 非常に重要なのが、このように価値観・考え方とは「無意識」であることだ。意識されているものではないため、普通に考えても分からない。深く、それまでの自分を縛っている無意識の常識に、焦点を当てて掘り起こしていくことが重要なのだ。

 ビジネスパーソンの身に置き換えてみると、あなたは「仕事の仕方はこうあるべき」と無意識に考えて、部下に押し付けていたりしないだろうか?


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