2024年12月22日(日)

MANGAの道は世界に通ず

2021年12月11日

『セスタス』

『セスタス』(技来静也、白泉社)。世に広く知られている作品というわけではないが、非常に読み応えがあり、ある視点で読むと、とても学びの大きい漫画だ。よくできている部分は、「王」と「奴隷」の対比をストーリーに関連付けながら、エキサイティングに演出している点だ。

 物語は、この対比を中心として進む。古代ローマの「暴君ネロ」と、対局の立場である拳闘奴隷の「拳闘士セスタス」。ここで面白いのが、ローマ皇帝といえば世界最上位の立場であり、できないことがないぐらいに自由と思われるはずが、「実際は奴隷と変わらないぐらいに自由がない」「奴隷と同じぐらいに日々の暮らしに悩んでいる」という点が、ありありと映し出されているところだ。この対比こそが、本作の最大の魅力であると筆者は考える(もちろん、セスタスが苦労しながらも拳闘の世界を駆け上っていく、いわゆるジュブナイル(=少年漫画的)な努力と成長物語としての良さもある)。

 皆さんは、SCARF(スカーフ)モデルというものをご存知だろうか。これは人間心理における、根源的な強い欲求と恐怖に訴求する「一次的報酬と脅威」に関する心理モデルだ。実は、かの有名な「マズローの五段階欲求」への強烈なアンチテーゼとなるもので、「人間関係の痛みは、物理的な痛みと同程度に辛い」といったことを謳っている。具体的には以下である。

Status:社会的地位
Certainty:未来が確かか
Autonomy:自分で決められるか
Relatedness:周囲との人間関係
Fairness:公平に扱われているか

 これらが、マズローの規定した原始的欲求である、「生命の危険がないか」や「衣食住があるか」といったものと、同じぐらい人間が欲しており、また失いたくないものということだ。つまりは王の立場になろうと、このSCARFが脅かされるなら、奴隷と同様の苦しみを味わい不安がつきまとう。決して最上位の立場にいようが、安定して幸せというわけではないのだ。そう考えると、日々の生活でも同様のことが言えるのに気づかないだろうか。


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