MANGAの道は世界に通ず

2021年9月23日

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保手濱彰人 (ほてはま・あきひと)

1984年生まれ。東京大学工学部中退。在学中に企業するなどして2014年に株式会社ダブルエルを創業。現在は日本のポップカルチャーコンテンツの国際展開を図ることに注力している。

 戦争の悲惨さを訴える漫画、という分野では『はだしのゲン』(中沢啓治、汐文社)が古典的名著だが、近年も『この世界の片隅に』(こうの史代、双葉社)などを筆頭に、定期的に良作が発行されている。

『ペリリュー 楽園のゲルニカ』

 そんな中でこの『ペリリュー 楽園のゲルニカ』(武田一義、平塚柾緒〈太平洋戦争研究会〉、白泉社)が際立っているのは、可愛らしい三頭身のデフォルメ絵によって、戦争という過酷な内容を、徹底的にハードルを下げて読者に表現したところ、だ。これにより、普段はなかなかとっつきづらく、向き合うのが難しい日本の戦争の真実に、比較的容易に目を向けさせることが可能となっている。

 ハッキリいって内容は相当に悲惨である。爆撃を逃れ、「助かって良かったね!」と主人公がいえば、隣にいたはずの友人は頭を打って死んでいる。防空壕にこもっていたら、外から火炎放射で焼き尽くされる。水を汲みにいっただけなのに、銃弾の雨が降り数十人が死ぬ。このような戦場の「リアル」が、デフォルメされた三頭身絵でマイルドに表現され、よどみなく進んでいく。写真などであれば、見れたものではない状況だろうが、人に伝えやすく表現するという「漫画」フォーマットの凄味を、改めて感じられる作品である。

 さて作品の流れとしては、お国のため、重要拠点を守るため、初期には意気揚々とした兵士たちが描かれていくが、徐々に旗色が変わっていく。「どうせ勝てるはずがない」「足手まといは放っておこう」といった発言が増え、ネガティブな空気が醸成されていくのだ。

 読者の皆さんもお分かりのように、ハッキリ言って勝てる戦いではなかったのだ。無謀の極みといえる作戦と、摩耗するだけの持久戦の、犠牲になっていった日本兵の姿が、ありありと描かれながら物語は進行する。

 では、一体どのようにそうした状況が作られたのか? こうした状況に巻き込まれた際、我々はどう考えて動くべきなのか? これらの真実が本作品を通して、戦争の歴史を媒介に教えてくれる。

日本人は「個人主義」

 実は、日本人は思った以上に「個人主義」なのだ。これは近年、各種の研究結果やデータに表れており、もともと通説であった「日本人は集団主義でチームプレーが上手い」という話は、単なる迷信であるということが分かってきた。詳しくは、名著『安心社会から信頼社会へ』(中公新書)や『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』(集英社インターナショナル)(いずれも山岸俊男)などに詳しいが、人に対して協力的でなく、困っている人を助けないという、個人主義的な日本人特有の性質が明らかになってきている。日本人は、他人に迷惑をかけられることや、他人だけ得をするのが許せないという、利己的な形質を強く持っており、この結果として、社会の中で「他人に迷惑をかける人や自分だけ得をする人はつまはじきにされる」。そのために、自分がそのような村八分に合わないため、「人目を気にして」「ルールを遵守する」メンタリティと仕組みが生まれていったのだ。不公平を許さず、公平性を重視するシステムもここに起因する。

 それらの最終結果を見て、ルース・ベネディクトは著書『菊と刀』(講談社学術文庫)の中で「恥の文化」と呼称した。ここから世界で、日本人は集団主義であるという勘違いが生まれていったわけだが、実際の内面は真逆だったということだ。考えてみれば「恥をかきたくない」という日本人固有のメンタリティも、なんと利己的な感覚だろうか!

 筆者自身の体験としては、妻と子供がいわゆる「母子移住」という形で、2018年からマレーシアに移住しているのだが、自身も定期的にそちらに行く中で同様のことを感じてきた。このコロナ禍の中、日本の不動産の世界では当然のごとく、契約優先で「どんな状況になろうが家賃は家賃、決まった通りに決まった金額を払ってもらいます」というのが慣例だ。いつの時代も日本では、土地持ち、大家、家主が強い。だが、かたやマレーシア現地では全く状況が違うのだ。自然な助け合いの精神があり、「そちらも大変でしょうから、家賃は半年待ちますよ」「半額でいいですよ」このようなやり取りがされることがごく普通である。現代日本だとなかなか見られないような光景だ。

 日本人は親切だ、という通説もあるわけだが、これは「人の目を気にして」「そうしないことのリスクがある」ことから来ているのが実態だ。人の目が無くなり、自分サイドにリスクが無くなった瞬間に、かなり利己的に振る舞うことが近年の社会実験から明らかになっている。

 なお、ここまで日本人の性質についてネガティブな側面を述べてきたが、一方的に批判するものではなく、個人主義だからこそできる独特な技術やクリエイティブが世界を席巻してきたのも事実だ。食文化やオタクカルチャーも素晴らしいし、これらが世界中で認められているのは日本人の個人主義な特性の賜物だ。凝り性かつ強い創造性のある日本人ならではであり、何より著者自体が、祖国たる日本に対しては非常に思い入れが深く、素晴らしい国家であると考えていることは補足させていただく。

 さて、このような「真逆の気質から特定の社会システムが生まれた」という文脈は、何も日本人に限った話ではない。国によっては、道徳心に乏しいから儒教が生まれたり、卑怯なことをするからフェアプレーの精神が生まれた、ということもいわれている。日本人については、臆病な国民性だから武士道が生まれた、ともいえるだろう。社会システムを表層から捉えると、国民性の形質を180度間違って理解してしまうことがあるので、重々気をつけていきたいものだ。

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