MANGAの道は世界に通ず

2021年9月12日

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保手濱彰人 (ほてはま・あきひと)

1984年生まれ。東京大学工学部中退。在学中に企業するなどして2014年に株式会社ダブルエルを創業。現在は日本のポップカルチャーコンテンツの国際展開を図ることに注力している。

 私はスポーツ漫画が大好きだ。古くは『巨人の星』(梶原一騎、川崎のぼる、講談社1966〜)から始まり、『ドカベン』(水島新司、秋田書店1972〜)、『リングにかけろ』(車田正美、集英社1977〜)、『キャプテン翼』(高橋陽一、集英社1981〜)、『YAWARA!』(浦沢直樹、小学館1986〜)、『SLAM DUNK』(井上雄彦、集英社1990〜)、『MAJOR(満田拓也、小学館1994〜)』などなど、昔のスポ根漫画で、好きなものを挙げれば枚挙に暇がない。

 これらの作品のフォーマットは、昭和ならではといえる。圧倒的な才能を持つ主人公たちが、理不尽で不合理な環境な中でも、気合と根性を持って戦い抜く(時には必殺技を駆使しながら!)、といったところだ。

 まさに、昭和ならではの成功ストーリーといえる。しかし、2000年代に入ると、徐々にそうした傾向が変わってきた。『大きく振りかぶって』(ひぐちアサ、講談社2003〜)、『ベイビーステップ』(勝木光、講談社2007〜)のように、リアル志向で、スポーツを科学的に見て勝利への算段を立てていくものや、『ジャイアントキリング』(ツジトモ、綱本将也、講談社2007〜)、『グラゼニ』(足立金太郎、森高夕次、講談社2011〜)のように、業界の裏側や、仕事・ビジネスとしてのスポーツ、という分野に踏み込むものまで増えてきたのだ。

 そうした流れが加速し、ここしばらくの目立ったスポーツ漫画は、20世紀のものとはだいぶ乖離していることが多い。もちろん、『弱虫ペダル』(渡辺航、秋田書店)や『ハイキュー』(古舘春一、集英社)のように、昔ながらの青春スポ根ものもまだまだ根強く人気なのだが、「傾向としてこういうものが増えて、目立ってきている」という兆候は、見逃せないサインといえるだろう。

『神様のバレー』

 さて、今回紹介する『神様のバレー』(渡辺ツルヤ、西崎泰正、芳文社)であるが、そうした流れを受けた上での最高峰といえるだろう。スポーツ漫画としての面白さは勿論、敵チームの分析や自己理解、相手が最も嫌がる作戦を立てる、業界の裏側を知る、ビジネスとして考える、己を知った上で最大化して決して無理はしない、最高の結果を掴むため、目先の勝利は捨てる中長期的戦略。心理戦。こうした「頭を使う」エッセンスが、作品の各所に散りばめられているのだ。

 その舞台として、万年一回戦負けの「頭だけは使える進学校」という設定にしたのも絶妙である。現代の若者は、不合理性を排除し、科学と合理性の上に戦う。これは、以前の連載で述べた「自然体」に重なっている話でもある。

 ミレニアル世代は、生まれながらにしてインターネットの環境があり、常にフラットな情報に触れて育ってきた。そこに幻想はない。合理性の上に社会が成り立っていると知っていってしまった。理想郷などは存在せず、誰もが、どの組織もが意図を持って動いていることを小さい頃から理解してしまった。

 だからこそ、彼らに接してマネジメントするには、キチンと合理性を持ち、裏側の意図も説明して納得の上でやってもらう必要があるのだ。「うちはこうなんだからこうしろ!!」という理不尽な上下関係や、職人気質な昔ながらの飲食分野における超体育会系のマネジメントなどは、ほぼ通じない。その辺りを、この作品は重々と感じさせてくれるだろう。

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