2024年12月22日(日)

MANGAの道は世界に通ず

2022年4月10日

 焼畑的、という言葉がある。まるで焼畑農業のように、自分の信用や周囲の人間関係を消費し、お金に変えていくやり方だ。『正直不動産』(大谷アキラ・著、夏原武 ・企画・原案、水野光博・Writer、小学館)の主人公、永瀬財地は、典型的なそのような仕事のやり方をしていた。

 不動産業界では、「千三つ」ということもいわれる。千の言葉の中に、信用に値する正しい真実は3つしかなく、嘘で塗り固めた上で仕事をする業界、ということだ。

 元々の永瀬財地は、まさにこのやり方を地で行き、口八丁で劣悪な物件を悪どい条件で売り捌いていた人間だった。しかしある時ひょんなことから、永瀬は「全く嘘がつけない人間」になってしまう。仕方なくここから彼は考え方を変え、正直なことしか言えない「正直不動産」として、顧客の本当のニーズに寄り添い良質な物件を適切な条件で提供し、効率は悪いものの新たな仕事の喜びに目覚めていくというのが大枠のストーリーだ。

 実際に、不動産業界には嘘が多い。「かぼちゃの馬車」事件でも明るみになったように、虚偽・虚飾にまみれた中で売上と利益を優先する業者が後を絶たないのは事実である(ワンルーム投資詐欺、と言われるものも典型である)。

 これには主に二つの理由がある。まず、不動産業界は「一期一会」の傾向が強いことが挙げられる。終の住処にするためのマイホーム購入は、生涯で二度と訪れないことが多いため、「顧客満足度を上げてリピートしてもらうインセンティブ」があまりに乏しいのだ。

 さらに、業者側と顧客側のリテラシーのギャップも大きい。サービス提供者がプロフェッショナルで、顧客側があまりにも知識に乏しい場合、「知らないからと言ってあの手この手で丸め込んでしまう」ことが容易なのだ。

 これは、法律の素人である一般人を相手にする弁護士のほうが、企業の財務部門を相手にする会計士よりも一般的に稼ぎやすいと言われている構造と同じだ。

 この二つの要素が重なると、「顧客満足度度外視で、一見さんからぼったくり続ける」といったビジネス構造になることが多い。他にも留学エージェントなど、上記二要素を満たしているため、こうした傾向が強い業界は数多ある。

信頼という資産は中長期的に効く

 ただし、まさにこの「焼畑的商法」、信頼や顧客満足度といった資産が積み重ならないため、「短期的には稼げるが、中長期的には効率が悪い」ということも多いのだ。

 永瀬ははじめ、確かに「正直営業」でなかなか物件が売れずに苦労する。トップセールスマンから、営業成績最下位クラスまで順位を落とし、もがき続ける。それでも真摯に顧客に向き合い、正直に良質な物件を提供し続けることで、少しずつ顧客の信頼を獲得しクチコミが広がり、トップ営業に返り咲いていく、という姿が描かれていく。

 そう、信頼という資産は中長期的に効くのだ。

 短期のみ見る場合、(極端なことをいえば)騙しきってしまったほうが良いかもしれない。しかし、不思議なことに信頼は「複利」で効いていく。良い評判が人を呼び、良質なクチコミが連鎖して、3年前には良質な顧客が10人だったところ、現在は100人、3年後には1000人、と積み重なっていく。


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