2024年11月21日(木)

知られざる高専の世界

2022年5月31日

 そんな筋金入りの研究者である今井客員教授が「高専生のアイデアが詰まった衛星」と称するKOSEN-1衛星には3つのミッションがある。それは、①大型アンテナの展開、②超高精度な機体の姿勢制御、③市販のマイクロコンピューター(マイコン)による電子制御、この3つを新たな宇宙技術として実証することだ。

 1点目は、木星電波の受信に不可欠な大型アンテナの展開だ。木星電波を捉えるには、波長との関係で片端3.3㍍のダイポールアンテナ(ケーブルの先に2本の直線状の導線を左右対称につけたアンテナ、つまり両端6.6㍍)を展開する必要がある。だが、この衛星は10cmキューブ2つ分の超小型衛星だ。どうやって搭載するのか? アイデアを出したのは群馬高専・機械工学科の学生達で、巻き尺の仕組みに注目。あえて留め具を外し、巻き取りを放出する動きに変えた。折りたたんだ状態からアンテナを展開する技術を編み出すのに、巻き尺を何個も分解したという。

群馬高専が制作した衛星の実機が、高知高専に引き渡された(写真=群馬高専提供)

 2点目は、衛星本体の姿勢を超高精度で制御すること。この技術も群馬高専を中心に開発が進められた。2つの円盤を互いに反対に回転させると静止し、時間差をつけて逆向きに回転させるといずれかの方向に僅かにずれる。この時間差のつけ方を調節することで姿勢を制御するという仕組みで、衛星に搭載されるのはこれが初となる。

 そして3点目は、市販のマイクロコンピューター(マイコン)を衛星の〝心臓部〟として使用すること。カードサイズでありながら高性能、低消費電力、低価格な「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」という市販のマイコンが衛星の制御に使えることを実証するのだ。しかしそのためには新たなソフトの開発が必要となる。そこで各高専でプログラミングを分担し、高知高専がとりまとめ役を務めた。各高専の連携を象徴する一方、衛星の受け渡し直前まで冷や汗をかくこととなったのが、この作業だった。

KOSEN-1衛星の打ち上げに携わった高知高専のメンバー(写真=高知高専提供)

 同高専で宇宙科学研究部の副部長、細木温登さんが「一番大変だった」と振り返るのは21年8月の夏休みのこと。群馬高専から完成した機体が届き、クリーンルームの中で実機とソフトを接続して確認作業が行われた。だが、各高専で手分けして書いたプログラムをつないでみると、思わぬ不具合も多々生じた。「タイムリミットが刻一刻と迫る中で緊張感を味わった」と細木さんは話す。

 衛星の開発は時間との勝負だ。打ち上げ予定日から逆算して設けられた関門を一つひとつ、段階的にクリアしていかなければならない。エンジニアリングモデルと呼ばれる試作機を作り、振動や衝撃、熱真空試験などの環境試験を行って詳細設計を固めていく。そして宇宙環境に耐えうると認定されたものだけが、実機のフライトモデルに進むことができる。

 KOSEN-1チームは毎週火曜日、のべ98週にわたりオンラインミーティングを行い、作業の足並みを揃えてきた。そして九州工業大学の超小型衛星試験センターで複数回の宇宙環境試験を行い、ついに打ち上げ用の実機を完成させた。当初は21年10月1日に打ち上げ予定だったが、3度の延期を経て11月9日、ついに宇宙へ旅立った。


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