傘は大きく分けて4つの作業の組み合わせで成り立つ。まず、生地を織る、次に全体の骨組み、そして持ち手部分の「手元」の製造、最後に、生地を裁断して縫製し形に仕上げていく、その4つの分業体制になっている。前原光榮商店では協力業者から生地と骨組みと手元を仕入れ、ショップのある本社ビルの上層階で、生地の裁断、縫製、仕上げを行っている。「『傘』という文字には4つの『人』が含まれていますが、まさにそれらのすべてに職人技が生きて、良い傘が出来上がります」と前原さん。いくら高品質な生地・骨・手元があっても、生地の裁断縫製が良くなければ美しい傘には仕上がらない。裁断するときに数㍉メートルの誤差が生じても、傘を開いたときの音や、生地の張りに違いが出る。
一方、1本数百円のビニール傘が世の中にあふれる中で、前原光榮商店が作る売れ筋商品は3万円前後。さらに、手元や生地にこだわって組み合わせる、オーダーメイドの好みの一品を作ることもできる。普段、あまり気にしないが、傘の骨も、16本、12本、10本、8本とさまざまだ。
ちなみに、前原光榮商店の傘というと、16本骨の傘が圧倒的に有名で、まさに代名詞のようになっている。骨の数が多いほど傘を開いたときに円形に近くなり美しい。雨に備えて持ち運ぶことだけを考えれば、骨の数が少なく、軽いものを選びがちだが、そもそも選ばれる基準が違う。便利な道具というよりも、ファッションの一部を構成するお洒落な逸品として選ばれているわけだ。紳士用の長傘になると、ずっしりと重厚なものが好まれる。
前原さんが3代目を継いだのは1997年。高校を卒業後、米国に渡り、5年近く、なかば放浪生活を送った。23歳で帰国して、とりあえず実家で仕事を始めると、2カ月後に2代目だった父が他界してしまう。経営はおろか、裁断や縫製の技術もまったく体得していない中で、会社の職人たちに仕事を教わるところから始めた。