一方、日本における博士の活用は、遅々として進んでいない。この問題に詳しい自民党の有村治子参議院議員は「日本では学術界でしか博士号を評価する土壌が定着しておらず、本来、実社会で高い問題解決能力を発揮すべき博士人材を『どのように日本の付加価値に活かすか』という国家戦略がない。実業界や行政の中核で成功する博士のロールモデルを戦略的に創っていく必要がある」と指摘する。
米国と日本では、研究費のスポンサーにも違いがある。
米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らが創設した世界最大規模の慈善団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」が科学研究助成を行っているように、米国では、巨額の富を得た大富豪が、新たなイノベーションの基盤たる科学に投資するサイクルが存在する。民間だからこその臨機応変さもあり、新型コロナの感染が急速に拡大していた20年4月、財団「Fast Grants」は新型コロナ関連の研究に対し最大50万㌦(約6800万円)の研究助成を開始したが、審査期間は最大でもわずか2週間だった。そしてこの助成事業のスポンサーには、米メタ(旧フェイスブック)最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏や、米テスラCEOのイーロン・マスク氏らが名を連ねていた。
文科省が研究費の大半を工面し、寄付文化も乏しい日本では、海外に資金源を求めるのも手なのかもしれない。
国防予算を活用する米国
日本が見習うべきは何か
また、米国の研究現場では国防予算が大きな存在感を放つ。国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)では、軍事利用を見据えて科学や技術への投資を行っている。インターネットの原型アーパネットや全地球測位システム(GPS)も、元はDARPAの資金により開発された。
年間予算が35億㌦(約4700億円)のDARPAと比すれば約100億円と規模は小さいものの、日本でも防衛装備庁が研究開発に資金を投じる「安全保障技術研究推進制度」が創設された。だが、軍事研究に反対する日本学術会議などの影響もあり、世界では常識の「産官学民」の連携は進んでいない(詳細はパート7参照)。
未来工学研究所研究参与の西山淳一氏は「日本には安全保障技術を理解しているシンクタンクが存在しない。国内外の技術情報を収集し分析する、米国における連邦政府出資研究開発センター(FFRDC)のような技術シンクタンクが必要だ」と指摘する。また、前出の兼原氏も「日本版DARPA」の必要性を指摘する。
費用対効果を把握しにくい基礎研究を振興するには、必然的に暗中模索となる。はっきりしているのは、学問という視点のみならず、安全保障の観点からも、長期的な視野に立った政策と実行が必要ということだろう。
安全保障と言えば、真っ先に「軍事」を思い浮かべる人が多いであろう。だが本来は「国を守る」という考え方で、想定し得るさまざまな脅威にいかに対峙するかを指す。日本人が長年抱いてきた「安全保障観」を、今、見つめ直してみよう。