2024年12月22日(日)

天才たちの雑談

2022年3月4日

世界の科学技術は、国家や大学、何より「GAFA」や米テスラなど巨大企業に牽引され、刻一刻と進化を続けている。では、その先にはどのような景色が広がっているのだろうか。私たちの生活はどのように変化するのだろうか。その世界の中に日本の居場所はあるのだろうか。堅苦しいテーマは抜きで、日本の最先端テクノロジーの未来を担う東京大学の気鋭の研究者らが〝雑談〟した。
構成・編集部(大城慶吾、木寅雄斗) 
撮影・さとうわたる

雑談の動画は東大TVのYouTubeチャンネルからご覧いただけます。
パート1パート2パート3
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瀧口 これから「天才たちの雑談」を始めます。昨今のコロナ禍により、オンラインで会話する機会が増えた一方で、このようにリアルで集まって雑談をする機会が減りました。はじめに、雑談の効用について考えてみたいと思います。暦本先生は「アイデアは、ブレインストーミング(ブレスト)よりも、目的のない雑談から生まれる」ということをおっしゃっていますね。

瀧口友里奈 Yurina Takiguchi
経済キャスター
東京大学工学部アドバイザリーボード・メンバー
1987年神奈川県生まれ。東京大学文学部行動文化学科卒業。経
済ニュース専門チャンネル『日経CNBC』キャスター、雑誌
『Forbes JAPAN』エディター兼コミュニケーションディレクタ
ーなどを務める。(WATARU SATO)          

暦本 「アイデアを出そう」と、壁に付箋を貼ってブレストをしたところで、良いアイデアが出るとは限りません。むしろ会議後の雑談でアイデアが生まれたりすることが多い。その点では、「Zооm」などのオンライン会議はアジェンダ(課題)がある会議はできますが、雑談するのが難しい。その場の雰囲気や温度感も踏まえて、〝ふわっ〟とした話ができるところに人間のすごさがあると思います。「ブレスト無駄説」を企業の人に伝えると、がっかりされることが多いですが(笑)。

暦本純一 Jun Rekimoto
東京大学大学院 情報学環 教授
東京工業大学大学院理工学研究科情報科学科修士課程修了。博士
(理学)。日本電気などを経て1994年よりソニーコンピュータ
サイエンス研究所に勤務し、現在フェロー・副所長・京都研究室
ディレクター。2007年より現職。スマートフォン画面をマルチ
タッチで操作する「スマートスキン」を発明。        
(WATARU SATO)                    

松尾 われわれ研究者は考えることが仕事だから、何かを見たときに「何でこうなっているのかな」「違う方法はないのかな」と疑問を持ちます。ただ、企業にはそうではない人も多い。「デジタルトランスフォーメーション(DX)を導入しよう」「AIを導入しよう」といった潮流をそのまま鵜呑みにするのではなく、疑問を持つ「仮説思考」を癖付けた方がいいと思います。

松尾 豊 Yutaka Matsuo
東京大学大学院工学系研究科 教授
1975年香川県生まれ。東京大学工学部電子情報工学科卒業。東
京大学大学院 工学系研究科電子情報工学博士課程修了。博士
(工学)。米スタンフォード大学言語情報研究センター  
(CSLI)客員研究員などを経て、2019年より現職。日本ディ
ープラーニング協会理事長、ソフトバンクグループ社外取締役な
どを兼任。 (WATARU SATO)            

合田 ブレストは、ブレストできる人がしないと意味がありません。米国では、物事を深く考え、方向性を見出してトライアンドエラーしながらもチームを率いることのできる「コマンダー(指揮官)」を生み出す教育を行っています。コマンダーはリーダーシップ教育を受けたエリート層で、コマンダーに従う「ソルジャー(兵士)」は、移民で補っている。その構図がうまく機能すると、チームが、また社会が前に進んでいく。

合田圭介 Keisuke Goda
東京大学大学院理学系研究科 教授
米カリフォルニア大学バークレー校物理学科を首席で卒業。マサ
チューセッツ工科大学大学院物理学科博士課程修了(理学博
士)。カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)工学部などで
研究を行う。2012年より現職。UCLA工学部生体工学科非常勤
教授、中国・武漢大学工業科学研究院非常勤教授を兼任。 
(WATARU SATO)                   

 一方、日本の教育は、東京大学含め全てソルジャー教育になっているのではないでしょうか。サッカーでは、天才プレイヤーばかり集めてもチームとしては機能しません。天才は少数で、彼らをサポートする多くの人間がいて、初めて組織として機能するのです。

瀧口 日本でもコマンダー教育が必要ということでしょうか。

合田 そうなのですが、難しい面もあります。日本の場合、誰がコマンダーで誰がソルジャーで、というのを国が決めるのは難しく、どうしてもソルジャー教育になってしまう。ただ、DXによりソルジャーの需要が減ってきていることに呼応して、日本の教育もコマンダー型に変化しつつあります。今は過渡期の状態です。

加藤 まとめるとやはり「勉強した方がいい」ということですね(笑)。

加藤真平 Shinpei Kato
東京大学大学院 情報理工学系研究科 准教授
1982年神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科後期
博士課程修了。博士(工学)。米カーネギーメロン大学などで研
究員を務め、2016年より現職。Tier IV(ティアフォー)創業者
兼最高技術責任者(CTO)、「The Autoware Foundation」代
表理事。(WATARU SATO)               

脳にデバイスを埋め込む時代の
インターネットの姿とは

瀧口 暦本先生は、「人間拡張」の研究をされていますが、これはどのようなものなのでしょうか。

暦本 テクノロジーやAIを利用して、人間の能力をいかに拡張するかということです。拡張方法は、外付けの機械という形になるかもしれないし、最終的には脳に埋め込まれるのかもしれない。そうやって「能力をダウンロードできる」時代、人間とAIが融合する時代が来るのではないかと思っています。

 ノイズキャンセリングイヤホンはその第一歩と言えます。周囲の雑音を打ち消すことができますが、「特定の声は聞こえない」「怒られているときは優しい声に変換される」といったことが実現できれば、聴覚の拡張になりますね。

 映画『マトリックス』では、登場人物の一人が「ヘリコプターは操縦できるか」と聞かれ「まだ(not yet)」と答える象徴的なシーンがあります。その登場人物は、携帯電話を通じ操縦方法をインストールし、ヘリを飛ばしました。究極的にはこのように、アプリのように能力をインストールできるようになり、能力に対する考え方は大きく変わるかもしれません。

映画『マトリックス』では、「能力のダウンロード」が描かれた(ALBUM/AFLO)

松尾 とはいえ、人間の脳が学習する構造を考えると、いきなりインストールするのではなく、学習を積み重ねていくやり方しかできない気もします。

暦本 その通りです。すぐにヘリを操縦できるようになるというよりも、従来よりもはるかに効率的に学習することができる環境をインストールできる、というのがまず現実的でしょうね。

合田 ヘリそのものを知らないとヘリは操縦できません。能力にもダウンロードできるものと、できないものがあるのではないかと思います。

暦本 人間の脳がインターネットを通じてつながったとき、全体のネットワークや知性がどのように変化するのか、まだはっきりと想像することは難しいと言えます。

加藤 ただ、人間の脳がインターネットにつながって、他人の能力を借りられるようになると、さまざまな可能性が広がると思いますね。

合田 映画『スター・トレック』に、ボーグという機械生命体が登場します。劇中では何億体というボーグがネットワークでつながっていて、最適な解を導き出すのです。その小さな規模のものが実現するのかもしれません。

暦本 アリやハチはある意味、そうした種全体が生命体となっていると言えますね。


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