移民がもたらす緊張感が
イノベーションを促進する
瀧口 議論は尽きませんが、次のテーマ「優秀な人たちの共通点は移民である」に移りたいと思います。
合田 イーロン・マスク氏やグーグルのセルゲイ・ブリン氏は、どちらも移民一世ですよね。米国は21年のノーベル賞受賞者を、科学3賞(物理学賞、化学賞、生理学・医学賞)の中では4人出しましたが、米国生まれの米国人は1人だけ。残りは米プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎氏をはじめ、移民やその子孫です。別に今回だけではなく、過去のノーベル賞受賞者も半分以上が移民です。移民が活躍しているというのは事実です。それは産業界だけではなく、基礎科学の分野でも起きています。
移住することによって新しい価値観に触れて、新しい考え方を生み出せる機会が増えるということが大きいのではないでしょうか。また、常に移民が入ってくる状態なので、「自分がリプレイスされるかもしれない」という危機感にさらされることになります。さらに移住する人には、母国を捨てるからには一旗揚げようとする強いインセンティブが働く。そのエコシステムがうまく機能して、ノーベル賞などの成果を出しているというのが私の考えです。
瀧口 冒頭のコマンダー教育とソルジャー教育にもつながりますね。
合田 それこそマスク氏のような例外はいますが、移民一世はソルジャーですね。米国内で教育を受ける移民二世ぐらいになってくると、コマンダー教育を受けたりします。一方、移民の受け入れ側の一部には、努力しなければ生きていけない世界を作り出されている、という不満もあります。そうした人々がトランプ支持者となっていくのです。
加藤 これは、移民がすごいのか、それとも米国がすごいのか、どちらなのでしょう。やはり、移民の能力が高いからなのでしょうか。
合田 特に産業界や科学分野では、米国のみならずシンガポールやスイス、豪州でも移民は活躍していますね。
加藤 さまざまな文化と交わった方が切磋琢磨できて、かつ「リプレイスされるかもしれない」という良質な緊張感が競争意識を生むのですね。
合田 あとはやはり、新しいものが入ってくるダイバーシティは、既得権益を壊すのです。
加藤 そういう意味では、移民がそれほどいない日本は〝保守本流の鑑〟みたいな国ですね。
合田 中国のように世界に散らばった華僑を呼び戻すということもできませんし、海外からの留学生も圧倒的に少ない。企業などがうまく受け入れられていないですよね。留学生が活躍できる場所がありません。
暦本 米国は、世界中の才能を集められる仕組みを作り上げたのが、最もすごい点かもしれませんね。日本は来てもらうための努力もしていない。地球の裏側に生まれたすごい才能に「来てください」とアプローチできる仕組みがないと、やはり根本的な発展はないでしょう。ただ、テレワーキングが国境を超えて人材を集めるための新しい手段となる可能性があります。
加藤 少なくとも移民を多く受け入れている国が、科学技術やイノベーションでは先手を打っています。ただ、格差や犯罪率の低さなど、国としての水準を考えれば、世界の中で日本もそれほど悪くはないですよね。何を見るかという問題かもしれません。
暦本 日本は調和の取れた没落に向かっていると言えるのかもしれません。
松尾 国内と国外の隔絶もひどいです。海外でがんばっている日本人に、本国がもう少し「がんばれ」と言ってあげた方がいい。私がスタンフォード大学に留学しているとき、「結構海外でがんばっているのに」と思って日本を見てみると、内輪でごちゃごちゃ揉めている。また、日本で「GAFAに倣え」という話が出ることがありますが、ではGAFAの本社で働いたことのある人たちと、日本人はどれだけつながりを持っているでしょうか。実態を知らないのに、架空の存在に基づいて妄想で話していても意味がありません。もっと、海外から多くの人たちが日本に来てくれるようになるといいですね。
合田 日本は典型的なムラ社会です。私はその最たるものの一つが「オールジャパン」という言葉だと思っています。米国は世界中の人たちが米国に集まって取り組む「オールワールド」ですよ。
加藤 私は、自動車の自動運転ソフトウェア「Autoware(オートウェア)」を誰でも使える「オープンソース」として公開し、それが今や世界中で使われ、最近では台湾の鴻海精密工業らが発表したEVにも搭載予定です。その経験から言えば、日本は輪の中心になることはできると思っています。米中みたいに対立せず、ニュートラルに振る舞えば、必ず中心に立てる。意外とデファクトスタンダード(事実上の標準)になれると思います。
GAFAと日本企業では
一体何が違うのか
瀧口 松尾先生は「ループ型組織を作るべき」を提唱されていますね。
松尾 単純な複利計算の式(下図参照)なのですが、従来の組織は「r=利率」を大きくしようとしていました。日本企業もこのタイプです。ただGAFAなどは「t=時間」を最大化しようとしています。本来であれば時の流れを待つしかありませんが、2つの事例を比較する「ABテスト」をオンラインで何万回と行うなどして、GAFAはPDCAサイクルを凄まじい速さで回すようにしているのです。そうすれば、tを実質的に大きくしているのと同じ効果が得られます。
そうなると、今度は人が担う部分が足を引っ張ります。その中で人を早く動かすためには「失敗してもいいから、まず試してみよう」という姿勢になります。また、多くのアイデアを出す必要があるので「多様性は大事」「オープンイノベーションは大事」「フラットな組織の方がいい」と、自然とシリコンバレー的になっていきます。
加藤 先ほどの「天才ばかりでは意味がない」という指摘と同様、技術は突き詰めていくと組織の話になりますからね。
松尾 素早く動ける組織を作らねばならないという点において、日本企業は階層的すぎます。だから動きが遅い。テスラの場合ですと、ディーラーを持たない、テレビCMを打たない、ソフトウェアのアップデートはオンライン、工場の自動化と、これらは全てPDCAサイクルを早く回すためのものです。
なぜインドで日本車が売れないのか、という話があります。品質が高すぎるなどといろいろ言われましたが、あれはPDCAサイクルが遅いので現地のニーズの変化に合わせられなかったのですよ。
米国では、需要の探索を行うために、ホームページだけ先に作って、売るモノは注文を受けてから考えるというやり方すらあります。
暦本 米国のスタートアップは赤字でもどんどん走りますよね。利益が出ないフェーズがあるというのは、そうした探索を行っているのですね。
合田 シリコンバレーを国が模倣しようとするのはやめた方がいいですよね。シリコンバレーが成立したのは、首都ワシントンから最も離れた、対極的な場所にあったからですよ。国が関与しようとすると失敗します。
暦本 米国だとハーバード大学やスタンフォード大学、英国だとケンブリッジ大学も首都にはありません。政府とイノベーションは感覚が違う人が住み分けていると思います。その点では旧帝国大学は例外で、東大やソウル大学など、最高学府が政府に近いというのが果たしていいことなのか。
加藤 日本の社会はかなり性善説で動いていて、全て安全高品質でなければならない、といった風潮がありますよね。そうなると遅いサイクルにならざるを得ないのかもしれません。米国のような「約束を売る」という方法は、なかなか難しいのかもしれません。
松尾 少なくとも、根本的な問題を見ずに「オープンイノベーションだ」とシリコンバレーの真似をしても、意味がありません。日本には日本なりのtの増やし方があると思います。
瀧口 ハイレベルな雑談となりましたが、今後このメンバーを中心に、量子技術や脳科学、エネルギー、データ活用など、さまざまな分野の研究者をお招きし、未来を変える最先端テクノロジーについて考えていきたいと思います。次回の〝雑談〟も楽しみにしております。本日はありがとうございました。
メタバース、自律型ロボット──。世界では次々と新しいテクノロジーが誕生している。日本でも既存技術を有効活用し、GAFAなどに対抗すべく、世界で主導権を握ろうとする動きもある。意外に思えるかもしれないが、かつて日本で隆盛したSF小説や漫画にヒントが隠れていたりもする。テクノロジーの新潮流が見えてきた中で、人類はこの変革のチャンスをどのように生かしていくべきか考える。
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