侵攻前日に逃亡、裏切り行為の数々
6月上旬、東欧セルビアと北マケドニアの国境で、一人のSBU幹部がドイツ人とともに拘束された。SBUの内務部門を統括するアンドリー・ナウモブ准将だ。報道によれば、ナウモブ准将は拘束時に未申告の宝石類と、1兆円近いドル、ユーロ紙幣を保有していたという。
ナウモブ准将は、ロシア軍が全面攻撃をしかけた2月24日の前日の23日に、ウクライナから逃亡したとされる。ロシアによる侵攻開始を察知したSBU幹部が、出所不明の巨額資金を持ち出してウクライナから逃亡したという事実は、SBUの資質に疑問を投げかけるのに十分な内容だった。
SBU幹部の裏切りが、実際の戦況に甚大な影響を及ぼした事例も指摘される。ロシアが全面攻撃を開始した直後に制圧した、ウクライナ南部ヘルソン州だ。
へルソン州はロシアが2014年に併合したクリミア半島に隣接していて、ロシアと対峙する最前線となっている。そのような場所で7月、SBUのクリミア担当の高官が、ヘルソン州内で活動していたロシアの特務機関員に協力していた容疑で逮捕された。高官はSBUで働くかたわら、ウクライナに対する諜報活動や国家転覆行為を行う組織にも所属していたという。
調査によれば、同高官はウクライナの国家機密をロシア側に流し、それがロシア軍のヘルソン制圧に役立ったとみられている。高官はさらに、ロシア連邦保安庁(FSB)の養成学校出身者で、ロシア国内の治安機関での勤務経験もあった。逮捕された同高官の部下も、地雷の敷設場所を示した地図などをロシア側に流出させていた。
さらに決定的だったのは、ヘルソン州を統括するSBUのトップ、セルヒー・クリボルチコの反逆行為だ。
クリボルチコはゼレンスキー大統領の命令に背き、ロシアによる侵攻の前に、SBUの将校らの退避を命じていた。現地報道によれば、彼らの退避後にはSBUの機密情報などを保管したサーバーが残されており、ロシア軍はヘルソン制圧に必要な情報を得ることができるようになっていた。SBUの寝返りがロシア軍を側面支援した事案は、ロシアが大規模攻勢で制圧した東部マリウポリでもあったとも指摘される。
ロシアの影響力も潜在する巨大機関
米シンクタンクによれば、SBUは3万~3万5000人規模の人員を抱える巨大組織で、これは米国の米連邦捜査局(FBI)の規模に匹敵する。その巨大さゆえに第三者の監視の目が行き届かず、汚職の温床になっていると、かねてから懸念されてきた。
さらに、ロシアによる影響力の浸透も指摘されてきた。幹部クラスの高官であれば、ソ連時代にキャリアを開始しており、彼らの多くはモスクワの幹部養成校出身者だ。このような状況が、SBU幹部らがロシアの治安機関関係者と深い関係を持つことを容易にすることは想像に難くない。
もちろん、SBUなど治安機関の肯定的な変化も指摘される。14年の親欧米派による政変以降、ウクライナ国内では、それまで日常茶飯事だった警察の汚職などが激減したとの話を、筆者も現地で市民から聞いた。SBUも、若い年代では国家を守ろうとする意識が強く浸透しているといい、市民の間でも今回のロシアによる全面侵攻以降は特に、国の防衛に携わるSBUに対する認識が変わったといわれる。