2024年4月27日(土)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年8月3日

ワクチンのイメージを下げた3つの代表事例

 ワクチンの評判を落とした事例は多いが、ここでは時代順に3つだけ紹介する。

 最初は米国での出来事である。1976年、米国陸軍基地でインフルエンザが流行し、一人の兵士が死亡した。検査の結果、死亡した兵士から豚インフルエンザウイルスが発見された。

 このウイルスは1918年に世界中に広がり、2000万人が死亡した「スペイン風邪」の原因だったことから、専門家は、放置すれば大流行が起こって多数の国民が死亡する可能性があると予測した。これに基づいてフォード大統領は国民2億人全員にワクチン接種を実施する大事業を開始した。

 ところが予測に反して流行が起こることはなかった。そしてワクチンの副反応で手足のしびれや脱力が起こるギラン・バレー症候群などの訴えが相次ぎ、接種事業は中断された。この問題は公衆衛生行政の大きな誤りと批判された。

 2番目はフィリピンのデング熱ワクチン問題だ。デング熱は熱帯や亜熱帯で流行している蚊が媒介するウイルスが原因で、世界保健機関(WHO)の報告では2016年に世界で334万人が感染している。

 ウイルスには4つの種類があり、その一つに感染すると同じ型には再感染しないが、別の型に感染することがあり、その時には重症化する可能性がある面倒な感染症だ。フィリピンでは年間20万人が感染していたため、ベニグノ・アキノ大統領は16年に73万人の子どもに無料でワクチン接種を開始した。

 ところが接種を受けた子どもがデング熱に感染して症状が悪化し、死亡者も出た。ワクチンを製造したフランスのサノフィパスツール社はこれがワクチンの副反応であることを認め、フィリピン政府は17年に接種を中止した。ワクチン接種が最初の感染と同じ効果を持ち、接種後の感染が重症化したと考えられる。

 この問題でワクチンの安全性を十分に確認しなかった企業の責任と、「流行が顕著な地域」という条件付きで使用を推奨したWHOの責任が問われた。その後、過去に感染したことがある人に限って接種することになったが、フィリピンでは現在もなおワクチンに対する恐怖感が広がっているという。

 3番目は日本の子宮頸がんワクチン問題である。子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)ウイルスが原因で、発症すると子宮摘出が必要になることが多い。厚生労働省によれば患者数は年間約1万1000人、死者は年間約2900人である。HPVワクチンは子宮頸がん全体の50~70%を予防するといわれ、予防接種法に基づき小学校6年~高校1年の女子は無料で接種を受けられる。

 副反応については、13年6月にWHOの諮問機関はワクチン接種後のめまい、動悸、慢性疼痛とワクチンとの関係を否定し、「HPVワクチンは世界で1億7000万回以上が接種され、安全性に懸念はないことを再確認した」としている。

 日本では厚労省が、1割以上で注射部の痛みや腫れがあり、発熱、頭痛、腹痛、脱力、失神などが起こることもあること、そして重い症状にアナフィラキシー(96万接種に1回)、ギラン・バレー症候群と急性散在性脳脊髄炎(430万回に1回)、複合局所痛症候群(860万接種に1回)などがあるとしている。さらに広範囲な痛みや、手足の動かしにくさ、不随意運動などを中心とする「多様な症状」が起きたことが報告されているが、ワクチン接種との因果関係は証明されていない。

 13年4月にワクチン接種が始まったのだが、体の痛みなどを訴える女性が相次ぎ、厚労省は6月に積極的な接種の呼びかけを一時中止し、14年1月に専門家部会は「接種の際の不安や痛みなどがきっかけで症状が引き起こされた可能性がある」とする見解を発表した。70%以上あった接種率は1%以下になり、世界で日本だけがHPVワクチンを接種しない異常な状況になった。

 16年7月に63人の被害者が国と製薬会社2社を相手に東京、名古屋、大阪、福岡の4地裁へ集団提訴し、現在も裁判は継続している。そして22年4月、厚労省は「接種による有効性が副反応のリスクを明らかに上回ると認められた」としてHPVワクチンの積極的勧奨を再開した。


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