2022年12月5日(月)

WEDGE SPECIAL OPINION

2022年8月27日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院 教授

慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社に入社。計10年の北京特派員を経て2020年から現職。ボーン・上田記念国際記者賞受賞。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。著書に『天安門ファイル』(中央公論新社)、『マオとミカド』(白水社)など多数。

「いずれ中国は民主化する」
日本外交が選択した関与政策

 80年代、胡耀邦・趙紫陽という改革派リーダーの下で政治体制の改革議論が深まった。こうした議論が学生の憂国意識や愛国感情に火をつけ、民主化運動が起こった。天安門事件前夜の中国は、最も民主主義に近づいた瞬間だったが、89年6月3~4日の武力行使で民主化の流れはもろくも崩れた。

民主化の流れがもろくも崩れた天安門事件 (AP/AFLO)

 日本の外交官たちは、中国現代史の分水嶺に立ち、「改革開放が進めば、中国は民主化や自由化に進むのか」あるいは「もともと市民に銃口を向け、発砲することもためらわない強権国家なのか」という問題で悩んだはずだ。

 当時の日本政府が選んだのは前者の道。天安門事件から8日後の89年6月12日の外交文書には「我が国にとって望ましい中国像」とは、「あくまで、安定し、穏健な政策により近代化を進める中国」と明記された。

 霞が関のチャイナスクール外交官は、人民に銃を向けた「流血の惨事」が鄧小平の決定だと知っていても、毛沢東時代の排外的な中国に戻るのは「もうごめんだ」と考え、改革開放を進める鄧小平の中国に賭けた。78年に来日した際、日本を近代化のモデルとした鄧小平に対して「独裁的な強権主義者」でなく、「実務的な改革主義者」という先入観に似た判断があったからだ。

 日本政府は戦後日中関係の中で、一党独裁体制維持のためなら、人民の流血も厭わないという共産党の本質を果たして掴もうとしていたのだろうか。

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